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日立製作所やパナソニック、ハウス食品など名だたる企業が採用しているNPO法人クロスフィールズ(東京・品川)の「留職」プログラム。幹部候補を新興国のNPOや企業に一定期間派遣し、現地にある社会課題を現地の人とともに解決することで、ゼロから仕事を創り出す経験を積んでもらう。帰国後は元いた職場でリーダーシップを発揮してもらうことで、会社全体を活性化していく狙いもある。クロスフィールズ共同創業者で代表理事の小沼大地氏はコンサルティング大手マッキンゼー・アンド・カンパニー出身。ベンチャー企業の副社長になるというオファーを蹴ってまでも、「留職」に賭けた社会起業家の熱き思いの原点とは?

◇   ◇   ◇

クロスフィールズを立ち上げてから、ちょうど5年が経過しました。2016年10月時点で約30社と契約を結び、104人の社員さんを世界9カ国に派遣しています。今期の売り上げは約1億3000万円。おかげさまで、創業以来ずっと黒字です。

「会社経営とNPOを経営するのは何が違うの?」とよく聞かれますが、運営の面ではそう大きな違いはなく、突き詰めて考えると、創業メンバーがもうけられない点にあるのかな、と思っています。

企業は余剰利益を株主に還元しますが、NPO法人は出資者に利益を分配してはいけないのがルールです。僕はクロスフィールズの創業者ですけれど、事業を売却してもうけることもなければ、新規株式公開(IPO)で莫大な資産を手にすることもありません。

目的はあくまで社会に必要な変化をもたらすこと。「青臭い」と言われそうですが、そこがNPOで起業する意義でもあるし、それが多くの方々に応援していただけている理由かなと思っています。

シリアに赴任、まさかの「失業」状態に

NPO法人クロスフィールズ代表理事 小沼大地氏

NPO法人クロスフィールズ代表理事 小沼大地氏

留職事業を手がけることになった原点は、大学を卒業後、海外青年協力隊としてシリアでの活動に参加したことにあります。学生時代はろくに勉強もしない、典型的な「体育会系バカ」でした。教員になるつもりが、巡り巡ってコンサルティング会社のマッキンゼーに入社することになった。そのきっかけとなる出会いも、このシリアでの活動がもたらしてくれました。

期待と不安が入り交じるなか、現地で配属先の団体へ挨拶にいくと、いきなりドイツ人のスタッフから、こう言われました。「日本人のボランティアが来るなんて、聞いていませんよ」

しかも、僕が担当するはずだった環境教育のプログラムはすでに1年半前に打ち切られており、今は取り組んでいないというのです。案内してくれた国際協力機構(JICA)の職員さんもさすがに焦った様子で、それまでのやり取りや派遣の経緯を詳しく説明してくれ、その場はなんとか収まりました。

勤務地はシリア南部の、住人が2500人程度の小さな村でした。目に飛び込んできたのは石積みの家と羊たち。いったいここで自分がなにをやるのか、不安でなりませんでした。

翌日から僕は、貧困層に小口資金を融資して農業や商業などの事業を支援する「マイクロファイナンス」の事業モニタリングを手伝うことになりました。というと何やら格好よく聞こえますが、実際はこんな感じです。

「私たちからお金を借りたか?」「借りた」「そのお金で何を買ったか?」「牛を買った」「事業はうまくいっているか?」「ダメだ」「なぜ?」「牛、死んだ」

村人たちの家を訪問し、片言のアラビア語でこんな会話を交わす。それを受験勉強でしか使ったことのない英語でリポートにまとめ、本部へと届けるのが仕事でした。半年もすると現地なまりのアラビア語もいくらか話せるようになり、僕は得意満面でそのことをJICAに報告しました。

すると、今度はそれが大きな問題に発展。JICAとしてはあくまで環境教育のために僕を派遣したのであって、ほかのことをやってもらっては困るというのです。結局、JICAから配属先の変更を命じられてしまいました。

ゼロから自力で仕事を開拓

配属先の変更は受け入れるしかないかと思いましたが、所長に直訴して次の配属先を自分で探すことだけは認めてもらいました。そうしないと、次の配属先が決まるまでは自宅待機となり、せっかくシリアに来たのに何も成果を残せないまま帰国するしかなくなる、と思ったからです。

見知らぬ土地で"失業状態"となった僕は、初めて使うパワーポイントで英語とアラビア語の資料を作り、現地で活動している環境系の団体にアポなし訪問を繰り返しました。そのうちに、首都ダマスカス市の小学校で環境教育の授業を始めたものの、どうやらうまくいっていないらしいという情報が耳に入りました。

実際の活動を見学させてもらった上で改善点をリポートにまとめ、市の環境局へ「僕にこの仕事をさせてほしい」と頼み込みました。JICAの職員さんも同行するなか、必死になってプレゼンしました。今振り返っても、一世一代のプレゼンだったと思います。

必死さが伝わったのか、結果は採用。シリアでゼロから仕事を開拓した経験は、自分自身の中に眠っていた起業家精神に火をつけてくれたように思います。

副社長のオファーを蹴って起業を決断

クロスフィールズの留職プログラムは、このシリアでの体験が原点の1つになっています。帰国を前に「社会貢献の世界とビジネスの世界をつなぐ」という理想を抱いた僕は、大学院を修了後、マッキンゼーに入社しました。理由は単純で、現地で出会ったドイツ人コンサルタントに「ビジネススキルを学びたいなら、コンサルティング会社に入るのがいい」と勧められたからでした。

猛者ぞろいのマッキンゼーで、僕はいつもギリギリだったと思います。3年で昇進できなければ辞めるしかないという状況に追い込まれ、先輩たちの助けも借りながら、なんとか昇進することができました。普通はそのまま会社に居られると喜ぶのでしょうが、僕は「これで胸を張って辞められる!」と思いました。

最初から「3年経ったら起業する」と宣言して入社していましたから、恥ずかしくない結果が出せたら、その時は卒業するつもりでした。

「本当に辞めるのか? それが何を意味するのか、わかっているのか?」。退職を申し出ると、ものすごい迫力で当時の日本支社長にそう詰め寄られました。でも、起業したいという僕の気持ちが変わらないことを知ると、最後は、こんな風に背中を押してもらいました。

「君が描いたビジネスプランは素晴らしいし、私は君の起業という選択を全力で応援する。ただ、1つだけ約束してほしい。決して、ちょっとした成功なんかで満足してはいけない」。最高の励ましの言葉だ、と思いました。

実はマッキンゼーを辞める際、あるベンチャー企業の副社長にならないかという誘いも受けていました。大手から一部事業を譲渡されてスタートするような話でしたから、ゼロからNPO法人を立ち上げるよりも楽だったでしょうし、経済的にも成功したかもしれません。一度、ベンチャー企業を経験してから起業した方がいいのかな、と心が揺れました。

いったんはすっかりその気になっていたんですが、信頼する人にこう言われ、迷いが吹っ切れました。「留職の話をしている時の方が、君は楽しそうだ」。いたずらに回り道をするよりも、やりたいことに向かってまっすぐに進むべきだ、と思いを新たにしました。

「青黒くいこう」が合言葉

留職を通じて僕らが提供できる最大の価値は、「働く意義」だと思っています。大企業の中で働いていると、どうしても「社会とのつながり」を感じにくくなってしまい、「自分は今、なぜここで働いているのだろう?」「どうしてこの仕事を選んだのだろう?」という、迷いも生じてしまう。実際はそうでなかったとしても、自分が組織の歯車になったような感じを抱いている方も多いように思います。

留職のいいところは、もう一度、素のままの自分で社会と向き合うきっかけにもなること。たいしたことがないと思っていた自分の能力が意外と社会の役に立つことを感じたり、不満に思っていた会社の環境が意外と恵まれていたことに気づいたりして、自分が置かれた環境を改めて見直したという参加者も、少なくありません。

留職を経験した後、離職した方も5%程度はいますが、MBA(経営学修士)留学に比べると比率的に決して高くはありませんし、20歳代後半から30歳代前半の一般的な離職率に比べると低い、という指摘もあります。

情熱や想いを持って働くことの意義なんていうと、どうしても青臭く聞こえてしまうのですが、実はこれ、僕たちがいつの間にか失ってしまった、働く上で最も大切なものなんじゃないかとも思っています。

「青臭さ」だけで世の中が変わるなんてことはないでしょう。しっかりと戦略を立てて、根回しもしながらうまく立ち回る「腹黒さ」も必要です。この2つをかけ合わせた「青黒さ」こそがこれからの日本社会の未来を切り開くと、僕は信じています。

小沼大地氏(こぬま・だいち)
1982年神奈川県生まれ。一橋大学を卒業後、青年海外協力隊として中東シリアで活動。帰国後に一橋大学大学院社会学研究科を修了、マッキンゼー・アンド・カンパニーに勤務。2011年にNPO法人クロスフィールズ設立、世界経済フォーラム(ダボス会議)から、将来リーダーとなる可能性を秘めた若者として「グローバルシェイパー(Global shaper)」に選ばれた。14年に日経ソーシャルイニシアチブ大賞・新人賞。著書に『働く意義の見つけ方:仕事を「志事」にする流儀』(ダイヤモンド社)がある。

(ライター 曲沼美恵)

前回掲載「社会起業家、育休取得で自称「イクメン」の甘さを知る」では、育休取得で自身の内面と組織に起きた「化学反応」について聞きました。

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