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キャリアの原点

社会起業家、育休取得で自称「イクメン」の甘さを知る NPO法人クロスフィールズ代表理事 小沼大地氏(上)

2016/10/20

 設立から5年目を迎えたNPO法人クロスフィールズ(東京・品川)。組織や国境を越え、ビジネスパーソンを新興国のNPOなどに派遣する「留職」プログラムを通じて、現地の社会課題解決と日本企業の活性化を両立させようと奮闘中だ。代表理事の小沼大地氏が最近、自ら挑んだ「越境」は育児休暇。トップに立つ男性が家事・育児を理由に仕事を休むと何が起こるのか。社会起業家として注目を集める小沼氏自身の内面と組織に起きた「化学反応」について聞いた。

◇   ◇   ◇

 「起業するなんてそんなリスクの高いこと、よく決心できたね」と言われますが、僕の場合、そこはそんなにハードルを感じませんでした。共働きの妻に頼っていた側面もあるかもしれません。

 26歳で結婚した妻はキャリア志向で、バリバリ仕事をするとともに家庭生活にも全力を注ぎたいタイプ。現在は大手人材サービス系企業で財務に関する仕事をしています。一方の僕は、明日の収入がどうなるかもわからないけれども、その分、柔軟な働き方ができる。双方がうまく助け合えれば、お互いの夢を支援し合あえる関係にもなれる、と思っていました。

 2人の子供の父親となった今、週に何度かは上の子を自転車に乗せ、保育園に送り届けてから出社しています。

■「今なら抜けられる」と思った

NPO法人クロスフィールズ代表理事 小沼大地氏

 2人目の子供ができたとわかったのは、2015年12月のことでした。上の子が生まれたのは起業して2年目くらいのころで、代表理事の僕が現場を抜けるなんてとても考えられませんでしたけれど、この時は違いました。

 たった2人でスタートした組織も、15人にまで膨らんでいました。運営的にも多少は安定しましたし、仲間たちの様子を見ていて、今なら抜けても大丈夫かなと思ったんです。

 産後の体で、妻が上の子と下の子、両方の面倒をみながら家事をするのは大変です。その間、僕が育休を取って、家事を手伝ったり、上の子の面倒を見たりできれば妻も助かる。なにより、自分自身がそうしたいと思っていました。

 正月明け、早速、マネジメントのメンバーに「育休を取ろうと思っているんだ」と相談しました。ありがたいことに、みんなその場で「わかった」と理解してくれ、応援してくれることに。期間は妻の産休期間と重なるよう、16年8月の1カ月間と決めました。

 この時、僕にはある考えも浮かんでいました。これをきっかけにして、組織全体をレベルアップできるんじゃないか、と思ったんです。

 僕が休むためには、それまでにある程度の権限移譲を済ませ、マネジメントができる人間を増やし、代表の僕がいなくても仕事が回る仕組みをつくらなくてはなりません。「育休を取ります」と宣言したことで、それを前提にして、いろいろなことが動き始めました。

■「取る」と宣言してしまえば、周りは動く

 企業の中でも男性、特に管理職の方ほど育休をとりにくいと思われていますが、一番重要なのは、思い切って、「取る」と宣言してしまうことではないでしょうか。マネジメントの本当に必要不可欠な部分だけに特化してしまえば、管理職でも意外と取れるんだな、というのが僕の感想です。僕が休んだのは1カ月間でしたけれど、実際には、2カ月くらいでも大丈夫かなと思ったりしました。

 ただ、工夫はしました。じつは、僕の場合、完全に仕事を休んでいたのではなくて、「どうしてもこれだけは」という内容に絞り、子供が寝ている時間などを使って、一部、仕事をこなしていました。「育休中に仕事なんかしちゃダメだよ」というアドバイスも多くいただきましたが、僕はむしろ、あれでよかったんじゃないか、と思っています。

 ゼロか100かの考え方で縛ってしまうと、かえって育休が取りにくくなる。基本的には休むけれども、1~2割くらいは仕事もするという柔軟な考え方を認める形の方が、男性も取りやすくなる、と感じました。

 実際に育休を取ろうと思うと、大変なことはたくさんあります。僕自身、「いざ育休」というタイミングでいくつかのトラブルが重なり、「やはり無理かな」という気持ちにもなりました。その時に背中を押ししてくれたのは、こんな周りのみんなの声でした。

 「せっかくここまで準備してきたんだから、取りなよ」

 僕が育休を取ると宣言してから、周りのみんなもそれに向けて準備を進めてくれていましたから、僕だけではなく、みんなにとってのチャレンジにもなっていた。周りの応援があったからこそ、思い切って踏み出すことができました。

■家事・育児をサポートしていると思う甘さを痛感

 直前にトラブルが重なった影響もあり、休み始めた最初の2週間は家事と育児、それと仕事をこなすので大変でした。なにしろ、家事を甘くみていました。午前6時に起床したら、そこから子供たちが寝静まる午後10時くらいまではフル稼働。3食つくって上の子に食べさせたと思ったら、今度は掃除、洗濯と、息つく暇もありませんでした。

 その間も、体力が続く限り仕事のメールをチェックして返事を返す、ということを続けていました。

 実は、妻はけっこう男らしい性格で「まかせる」と決めたら、とことんその姿勢を貫くんです。つまり、家庭内で家事・育児の権限移譲を受けたようなもの。上の子が生まれた時から、おむつを替えたり、お風呂に入れたりしていましたので、それまでは、自称「イクメン」と胸を張ってもいましたが、正直、ぬるかったですね。

 どんなに一生懸命に手伝っているつもりでも、そこには、本当の意味での責任感はありませんでした。自分が食事を作らなければ、子供たちに食べさせられない。掃除をしなかければ家が汚くなる、皿を洗わないと次の食事時が大変になる、ということを改めて痛感した時、家事・育児を「サポートしてあげている」と思っていた自分自身のお気楽さを、恥じました。

 もしかしたら、僕が休んでいる間、クロスフィールズのメンバーのなかにも同じようなことを感じてくれていた人がいたかもしれません。それまで僕がこなしていたトラブル時の対応などを、ほかのメンバーに任せたことで、「代表はこんなことをしていたんだな」とわかってもらえたような気がします。おかげで、育休後は同じ話をしても、以前より伝わりやすくなりました。

■「負け戦」をしているつもりはない

 最初に、妻とはお互いに助け合える関係になれると思うと言いましたが、僕がそういう考えを持つに至ったのは、うちの両親の影響です。ゼネコンに勤めていた父は昔から出世欲みたいなものはあまり強くなくて、むしろ、家庭のことを第一に考えて働く人でした。その父親に支えられて、母親もずっと介護サービスの仕事をしています。今も、僕の息子や娘の世話をしに来てくれるのはすでに退職した父の方で、母親はまだ現役で働いています。

 そのような家庭環境で育ちましたから、「父親が一家を食わしていく」みたいな感覚がもともと乏しい。稼ぐ力を誇示しなくても、父親の役割は十分に果たせる、と心から思っています。これって、上の世代の方々には、なかなかわかってもらえない部分でもあるんですけれど……。

 とはいえ、「稼ぐこと」を放棄したわけではありません。「稼げるNPO」を日本に定着させたいという思いは強く持っていますし、日本でも年収2000万円、3000万円のNPOプレーヤーがいなければ、と思っています。

 いいことしているけれどジリ貧だよね、ではメンバーにも申し訳ないですし、団体を立ち上げた目的も果たせなくなってしまいますから。そういう意味で、「負け戦」をしているつもりはみじんもないんです。

小沼大地氏(こぬま・だいち)
1982年神奈川県生まれ。一橋大学を卒業後、青年海外協力隊として中東シリアで活動。帰国後に一橋大学大学院社会学研究科を修了、マッキンゼー・アンド・カンパニーに勤務。2011年にNPO法人クロスフィールズ設立、世界経済フォーラム(ダボス会議)から、将来リーダーとなる可能性を秘めた若者として「グローバルシェイパー(Global shaper)」に選ばれた。14年に日経ソーシャルイニシアチブ大賞・新人賞。著書に『働く意義の見つけ方:仕事を「志事」にする流儀』(ダイヤモンド社)がある。

(ライター 曲沼美恵)

(下)社会起業家の原点となったシリアでの「失業」体験 >>

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