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通信販売大手ジャパネットたかた。前社長の高田明氏はテレビ通販王国を一代で築き、お茶の間の人気者ともなりました。朝から晩までテレビカメラの前に立ち続け、「伝える」ということを追究してきた高田氏は「『売れない』のは商品に原因があるのではなく、『伝えたつもり』になっている我々にある」と説きます。

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「伝え方」には実は2つあります。その商品の隠れた魅力を発掘し、それをどうやって効果的に伝えるかというソフトの部分を前回お話ししました。もう一つは、伝え方そのもの、つまり、どのようにプレゼンテーションをするかという問題があります。米アップルの創業者で2011年に亡くなったスティーブ・ジョブズさんが実践してきたような、「短い言葉で言う」とか、「伝えるには起承転結がある」とか、「声の出し方を適宜変える」とかいうものが「伝えるテクニック」です。これは、「商品をどう提案していくか」という話とは全く別物なのです。

「伝えること」を極める

前回お話ししたのは、商品を利用してどういう幸せがあるかという問題に引き付けたプレゼンの極意でした。ボイスレコーダーなら、お母さんたちにレコーダーの使い方を提案することによって「使う人の幅(層)が広がっていく」ということでした。ビデオカメラならお父さんやお母さん、おじいさん、おばあさんが一緒に映ることで、20年後に改めてビデオを見たときに、今はもういない肉親の姿をみて懐かしむ、人間が生まれて死ぬまでの姿を残すという時に使えてこそ価値が出るのであって、画素数といった性能は二の次ということでした。

電子辞書のPRでは、旅行好きのシニア層の心にささる表現を工夫した

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前回触れませんでしたが、電子辞書は調べるための辞書と考えれば、学習する人しか使わないのだけれど、子供の教育とか、旅行する人が世界遺産を辞書で調べるといった方法だと、モノ自体が生みだす人生の楽しさというものを創り出すわけだから全く違った発想やニーズが出てくるわけです。調べるため、学習するための辞書だったらその課題を持っている人以外は振り向かないのですが、旅行に特化した説明をしたときには、旅行好きなシニアが「そんなに便利なら旅行先に持っていこう」と思っていただけるし、それで新たな市場創造ができるのです。

じゃあ同様の感動をどう伝えたらいいかということで、多くの方が悩んでいます。伝えることの必要性や重要性は分かってはいるのだけど、どう伝えればよいのかという方法が分からなくて悩んでいる。この問題は当社がずっと取り組んできた課題でもありました。通信販売の私たちはモノを売るために伝え方を何十回と変えてきたのですよ。どう説明を展開していけばいいのかと。それにはゴールはなく、限りなくいつまでも進化させて、「伝えること」を極めていかなければならない。伝え方がよくなければ僕の場合、買ってもらえなかったのです。だからどうしたら伝わるだろうかと考え続けた29年間でした。

「売れない」というのはつまり、お客さんに伝わっていないからです。しかし、ここで間違ってはいけないのは、それは商品が売れないのではなく、私たちが原因だということです。売れない時には、「伝えたつもり」になっているのではないか。そういう状況に置かれている人が世の中にはすごく多いのだろうと思います。例えば、夫婦でも親子でも意見が合わないというのは、本人は「言ったつもり」「伝えたつもり」だけど、相手に伝わってないからコミュニケーションがうまくいかない。学校の先生と生徒の関係も、政治家と国民の関係もそう。そうなると先生や政治家の役割が果たせなくなります。

「自分の立場」からだけの見方で伝えるな

ここで大事になるのは、人間というのは常に「対極」がいるということを常に頭に入れておくことです。男性の反対には女性がいる、政治の世界には政治家とその政治を受ける国民があって、医療の世界には医者と患者がある。我々は消費者を向いたビジネスでした。消費者という相手がいるわけです。この方たちに「つもり」にならずに伝えていかなければいけない。それをどう伝えるか。手段はたくさんあります。テレビの場合には映像を見せ、言葉で表現する。ラジオの場合は映像がないから言葉だけで伝えなければならない。紙のカタログでは文字と写真で伝える。インターネットは全部を兼ね備えているので、テレビやチラシなどを複合した伝え方ができます。だからそれぞれで手法が違うのですが、共通して陥りやすい一つの隘路(あいろ)があります。自分の立場からだけの見方で伝えてしまうことです。

ジャパネットたかた前社長 高田明氏

ジャパネットたかた前社長 高田明氏

能の世界で世阿弥は三つの目を持つ事の大切さを語っています。それは「我見」と「離見」と「離見の見」です。以前、お話ししましたが、自分の立場ばかりを言うのが「我見」です。これでは相手は納得しません。相手の立場や現状を考えて、相手が何を求めているか、何を伝えてほしいか、何を知りたいのか、の気持ちを前提に説明する力がないと物事は伝わりません。見る目が「我見」で、向こうから見られている目が「離見」です。もう一つ、見ている自分の目と、見られている他者の目、そして両方の目を第三者の立場で俯瞰(ふかん)して見る力「離見の見」を持たないと、伝わりません。自分のことだけをずっと言う人は、相手の聞きたいこととずれているから伝わらないのです。

これは産業についても当てはまります。例えば、日本の家電産業。中国や韓国の技術力が上がってきたとはいえ、日本の家電は今でも世界一だと私は思っています。日本のモノ作りの精神や実績は今でも世界一です。なぜ弱くなったかといえば、「離見」を忘れたからではないでしょうか。日本の商品は最高の技術をもってつくっているから、どこの国にも負けない「いいもの」をつくっているという自負があったから、商品はある程度、値段が高くなっても売れるはずだと言ってきたのに、中国や韓国の台頭を許しました。それはお客さんが日本人だけだからではないからです。日本の生活水準に達しない国も多い。そこに目線を合わせなければいけないのに「高くても通用する」と思ったら、アフリカでは全然売れないのです。そこを一生懸命やって、現地に根付いたマーケティングや商品開発をやったのが韓国のサムスン電子でしょう。

サムスンは1997年の通貨危機の時に韓国経済が大変なことになり、当時の李健熙(イ・ゴンヒ)会長が陣頭指揮を執って、アフリカなど発展途上国に社員を派遣して徹底的な現地化を進めました。その国の生活レベルや生活習慣を調べ上げ、その国の価値観、値段に合う商品を用意した、つまり「離見」や「離見の見」を持ったことにより新興国市場で受け入れられたのです。日本メーカーは性能に自信があったから「高くてもいい」と思ったために、受け入れられなかった。これが「ガラパゴス化」と日本の家電・携帯電話が呼ばれるようになった原因ではないでしょうか。「我見」が強すぎたビジネスをしたところに日本メーカーが弱くなった要因のひとつがあるのだと思います。

なぜジャパネットの顧客は50歳代以上が8割以上を占めるのか

だから「伝える」というときには「誰に」伝えるかが大事です。まずターゲットを絞らなければなりません。テレビでもラジオでも視聴者を我々は選べません。視聴者はお年寄りもいれば、若い人も、男性も、女性もと千差万別です。だからその際に全ての人に分かるように伝えなければいけないときと、今回はシニアの方だけに絞る、シニアの人をメーンの購買層として想定した話をしなければならないという時があります。対象者が誰であるかということを考えなければ、モノは売っていけません。

ジャパネットの番組も一定の潜在ユーザーを想定したコンテンツをつくってきました。例えば、強力な吸引力が特徴の掃除機、トルネオは現在、年間230万台売れる人気商品です。重さが3キログラムと比較的軽く、体にかかる負担が少ない。そこがシニアの奥さま方に支持される理由です。実際、我々もそうした部分をアピールしているから購入者はシニアが多いと思います。タブレットもジャパネットでは50歳以上の購入者が全体の8割以上います。一番のボリュームゾーンは60歳で4割前後います。家電量販店の店頭では30歳代のビジネスパーソンがメーンのお客さんでしょう。

なぜジャパネットでは50歳代以上が8割以上を占めるのか。それは当社がそこにターゲットを絞っているからです。シニアの方にこそ老後の楽しさ、生きがいのために使ってほしいというメッセージを出し続けたのです。誰に伝えたいかということ、相手は何をその商品に求めているかを判断するのが「伝える」際には一番大事じゃないかと思います。これはテクニックというよりもマーケティングの問題かもしれません。モノを売るときには、商品の品質も価格も大事ですが、マーケティングの対象としてどういう人を想定するかということを常に頭の中に描いていくことが大事でしょう。

さて次のもう一つの課題である伝え方の手法ですが、これは次回お話しましょう。

高田明(たかた・あきら)
1971年大阪経済大経卒。機械メーカーを経て、74年実家が経営するカメラ店に入社。86年にジャパネットたかたの前身の「たかた」を設立し社長。99年現社名に変更。2015年1月社長退任。16年1月テレビ通販番組のレギュラー出演を終える。長崎県出身。67歳

(シニア・エディター 木ノ内敏久)

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