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なぜロングセラーに? 「ごきぶりホイホイ」開発秘話 編集委員 小林明

2016/10/14

現在販売している「ごきぶりホイホイ・プラス」(6代目)

 アース製薬のゴキブリ捕獲器「ごきぶりホイホイ」が発売されたのが1973年(昭和48年)。以来、看板商品として売れ続け「ゴキブリ捕獲器市場の9割を超える安定したシェアを握るロングセラー商品」(同社)に成長してきた。その強さの秘訣はどこにあるのだろうか? 取材してみると、改良を積み重ねる地道な努力に加えて、国内外の市場構造の様々な変化が浮かび上がってきた。

■0~6世代の変遷、出発点は住環境の変化

 写真を見てほしい。歴代の「ごきぶりホイホイ」のパッケージである。まず同商品の開発秘話について紹介しよう。

「ごきぶりホイホイ」の変遷――左列上から発売されなかった幻の「ゴキブラー」、初代(1973年)、2代目(78年)、右列上から3代目(94年)、4代目(96年)、5代目(98年)。

 そもそも「ごきぶりホイホイ」が開発された背景には住環境の急激な変化があるとされる。

 国民の生活水準が大幅に向上した60~70年代。鉄筋コンクリート製のマンションなどが増え、従来の木造家屋よりも部屋の密閉性が高まってきたほか室内の冷暖房も整ってきたことから、家の中で越年するゴキブリが急速に増えてくるようになった。「そこで当時の大塚正富社長が鳥もちをヒントにした商品をひらめいたのが出発点だった」。アース製薬坂越工場(兵庫県赤穂市)の吉栖一成工場長はこう話す。

■鳥もちがヒント、ゴキブリの生態研究をいかして開発

 ゴキブリについての生態研究から(1)臆病で薄暗いところが好き(2)色弱なので色の区別はできない(3)仲間を引き付け、集団で暮らす(4)雑食性で何でも食べる(5)壁際をフェロモンをつけながら歩く(6)驚くとフェロモンを伝わって逆走する(7)目の前に暗い箱や穴があれば飛び込む(8)脚の裏の吸盤で垂直の壁ものぼる――などの習性があるとわかっていた。

 「それならば粘着剤と餌を置いた小さな箱を薄暗い壁際に置いておけば、ゴキブリが入り込んで捕まってくれるに違いない。最初に1匹捕まればそのフェロモンにつられて次々と仲間のゴキブリがおびき寄せられるのではないか……」。こう考えたそうだ。

■試作品が失敗したワケ、触角・ネーミングなどで試行錯誤

 ところが、実験に取りかかってみると結果は失敗に終わった。

 原因は「ゴキブリの触角」――。ゴキブリが餌につられて近づいてきても、長い触角で箱の中にベタベタした粘着剤があるとすぐに勘付き、箱に入らずにUターンしてしまうためだ。

 「なにか対応策はないか?」。そこで考案したのが箱の両側の入り口に角度45度の「小さな上り坂」を設置することだった。ゴキブリに入り口の坂を上らせると、うまい具合に触角が粘着剤に触れることなく、箱の中に飛び込んでくれる。そうなれば粘着剤に体が張り付き、身動きがとれなくなる。ゴキブリの脚には吸盤があるから、小さな坂ならば問題なく上ることができる。

 この対策はずばり的中した。実験すると面白いようにゴキブリが捕獲できるようになり、捕獲率が30倍に跳ね上がったという。

凸凹の粘着シートと誘引剤(組み立てると上下の入り口に小さな坂ができる)
ゴキブリを引き寄せる4種類の誘引剤

 残った課題はデザインとネーミングだった。

 ゴキブリは色を認識できないので「それならばなるべく利用者の不快にならないように」とカラフルな色やイラストを使って捕獲器自体をログハウスのような楽しいデザインにした。さらに商品名は「ゴキブラー」とした。子どもたちの間で空前の怪獣ブームが起きていたからだ。

 ところがこのネーミングに当時の大塚正士会長から待ったがかかった。「それではおどろおどろしすぎる。もっと主婦に親しみがわくような名前でないとダメ」というわけだ。

■簡便な使い捨てで大ヒット、年商は20億円から50億円に

 結局、「ゴキブリがホイホイ捕れる」という意味を込めて「ごきぶりホイホイ」という商品名に変えることにした。記念すべき「ごきぶりホイホイ」はこうしてなんとか発売にこぎ着けた。

 写真左の一番上に写っているのは、発売には至らなかった「ゴキブラー」。一般の消費者の目には触れることがなかった“幻の商品”だ。そのすぐ下の商品が1973年に売り出した初代の「ごきぶりホイホイ」。今とは異なる黄色いパッケージを採用。チューブに入った接着剤(餌となる誘引剤入り)を、底に描かれた線に沿って買い上げ客自身が塗るという仕組みだ。

 当時、ゴキブリ駆除用品としては、生け捕りにするプラスチック製の捕獲器が市場で売られていたが、「ごきぶりホイホイ」の方が簡便で使い捨てもできる利点があった。発売すると予想以上に大ヒット。同社の年商は20億円強から50億円強に急増し、「長年の経営不振から脱出させてくれた救世主になった」(吉栖工場長)という。

■粘着シート・足ふきマット・誘引剤……、機能改善の努力

アース製薬坂越工場の吉栖一成工場長

 1978年には2代目が発売される。改良点は粘着剤があらかじめ付いた粘着シートに変更したことと、誘引剤を分離して底の中央部に置くようにしたこと。これで簡便性が増した。続いて1994年に発売された3代目では両側の入り口の坂の部分にゴキブリの「足ふきマット」を付けることにした。ゴキブリの脚の部分に付いている油分や水分が粘着剤の粘着力を低下させる原因になっていることが分かったためだ。

 1996年に発売した4代目には肉、魚、野菜など4種類の風味を混ぜ合わせたより強力な誘引剤を導入。98年に発売した5代目には表面を凸凹にした粘着シートを装着するようにした。凸凹シートの採用で粘着部分の表面積が16%増え、粘着力も20%高まったそうだ。

 最新の今年発売の6代目「ごきぶりホイホイ・プラス」は成分をさらに補強した誘引剤を使っている。このように試行錯誤しながら、効果的な改良を何度も繰り返してきたのだ。「もはや商品としては完成形に近いかもしれない」と吉栖工場長は言う。

■シェア維持のナゾとは? 背景に試行錯誤のノウハウと市場変化

「ごきぶりホイホイ」粘着シートの製造ライン(坂越工場)

 では、「ごきぶりホイホイ」はなぜ市場で圧倒的なシェアを握り続けているのか?

 まずは上記で触れてきた継続的な機能改善の努力が大きな要因。特に粘着剤と誘引剤には長年の試行錯誤で得たノウハウが蓄積されている。たとえば粘着剤の厚さは0.35ミリ。0.33ミリ程度に薄くすると年間で1000万円のコスト削減になるが、粘着力が低下してしまう。結局、0.35ミリが最適な厚さだという結論にたどりついた。粘着剤の性質についても、硬すぎず、軟らかすぎず、乾燥しにくく、持続性がある成分に調整している。

 さらに見逃せないのが市場のダイナミックな構造変化だ。

 実はゴキブリ捕獲器の市場自体は大幅に縮小している。ゴキブリ駆除の方法が毒餌剤、エアゾールなどに多様化してきたためだ。「ゴキブリの姿を見るだけでも嫌という消費者はかなり多い。特に毒餌剤は家の中に置くだけで巣に潜むゴキブリを効果的に駆除できるので需要が拡大している」(業界関係者)。業界推計によると、ゴキブリ捕獲器の市場規模は2004年をピークに減少し続けており、現在では年間16億円程度とほぼ半減した。

 アース製薬が技術力やブランド力などで先行した強みもあるが、「市場が先細りしている中でアース製薬からあえてシェアを奪取するほどのうまみはない」というライバル社の現実的な判断も働いているわけだ。

■成長するアジア輸出に活路、好みに応じた様々なデザイン

輸出用「ごきぶりホイホイ」のパッケージデザイン(6カ国を抜粋)

 目下、アース製薬が強化しているのが「ごきぶりホイホイ」の輸出事業。

 坂越工場で生産したものを基本的には世界30カ国以上に輸出しており、特に衛生意識が高まっている中国などを筆頭にしたアジア市場での売り上げが急速に伸びている。「5年後には輸出が国内向けに匹敵するくらいの規模に拡大するのではないか」(同社)と予測する。

 写真は各国への輸出向け「ごきぶりホイホイ」のパッケージ。各国の消費者の様々な好みを調査してきめ細かく変えているのがわかる。

 たとえば香港など中華圏向けは赤や金などの派手な色合いを多く取り入れている。一方、ハワイ向けはパッケージは目立つ黄色、商品自体は黒一色の目立ちにくい色合いにしている。英国は青が基調。「ゴキブリがしっかりと捕獲できるイメージを打ち出した方がよい場合もあるし、室内環境に配慮した色彩を好む場合もあるし、イラストで効果をわかりやすく説明した方がよい場合もある。消費者の嗜好は実に様々。現地で調査して最適なデザインを模索している」(吉栖工場長)という。

■日本で受けないパステル調、需要期は何月か?

 ちなみに2015年に日本国内でも青、水色、ピンク、オレンジ、黄緑のパステル調の色彩の「ごきぶりホイホイ・セレクト」を発売してみたところ、反応はいまひとつだったそうだ。「ごきぶりホイホイ」は中高年層ほど購買率が高いという統計がある。そこから推測すると、室内の色彩にこだわるような若者層をまだ十分に取り込めていないことが原因なのかもしれない。

 最後に豆知識を1つ。「ごきぶりホイホイ」が最も売れる月はいつかご存じだろうか?

 --答えは7月。

 ゴキブリの活動が最も活発になる7月をピークにほぼ釣り鐘型で販売額(指数)が推移するのが毎年の典型パターンだという。これは殺虫剤の販売額(指数)の推移と比べると微妙に異なっている。「殺虫剤も同じ7月にピークを迎えるが、販売額は発生する最盛期よりもやや早めの5月から急激に増える傾向がある」(同社)というわけ。

 ただどちらも秋口から春先にかけての販売額が大きく落ち込む傾向は一緒のようだ。

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