「キュート」はほめてない 米西海岸・起業家の旅
ウォンテッドリーCEOの仲暁子さん
ビジネス向け交流サイト(SNS)を展開するウォンテッドリー(東京・港)最高経営責任者(CEO)の仲暁子さん。海外でのイベントや市場開拓のため、欧米やアジアへの出張が増えている。子供のころは米国に1年間滞在、高校時代の3年間はニュージーランドに留学した。異文化での経験は豊富、ビジネスなどの商習慣にも慣れているが、6月に訪れた米西海岸のシリコンバレーで思わずハッとする体験をした。
「ザッツ キュート」――。米シリコンバレーでのメディアが主催する起業家などのイベントに呼ばれた仲さん。イベントは盛り上がっていた。米国人から日本のベンチャーの資金調達額の推移はどんな状況かと質問され、「以前は2億~3億円オーダーだったが、現在は30億~50億円ベースに膨らんでおり、好調だ」と答えた。そうすると、相手の米国人はニヤッと笑って、キュートだと評したのだ。
別に仲さんがかわいいとほめたわけではない。この場合のキュートの意味は日本語で言えば、「ささやか、ほほ笑ましい」という意味だ。それだけ調達金額の規模が小さいといっているわけだ。その瞬間、胸にグサッと突き刺さる感じがした。
確かにシリコンバレーには「ユニコーン企業」が次々勃興している。企業評価額10億ドル超の非上場ベンチャーをユニコーンと呼ぶが、「彼らの調達額は日本とは1ケタも2ケタも違う」という。ユニコーンの代表銘柄は配車アプリ大手の米ウーバーテクノロジーズや中国スマートフォン(スマホ)大手の小米(シャオミ)などがある。ウーバーの累計の調達額は日本円で1兆円を超えるといわれる。
キュートといわれた際、仲さんは、2008年当時のゴールドマン・サックス証券に勤務していたころも思い出した。アジアを代表する市場の東京だが、米国投資家の日本市場に対する姿勢は厳しかった。日本の投資先としての魅力はどんどん薄れ、欧米の投資家の視線は中国などアジア市場に移っていった。「マネーが日本をスルーして中国に向かっていた。あのころと同じですね。日本って切ないなと感じました」という。
一方のシリコンバレー。足元の景気は伸び悩み、破綻する企業もある。しかし、実績ゼロの無名のスタートアップ企業でもビジネスモデルや製品サービスが評価されると、ベンチャーキャピタル(VC)は多額の投資をしてくれる。 人材の流動性はダイナミックで、日本のように大企業に人材が滞留し、高齢化しているわけではない。「雇用が安定しているのはいいけど、活性化していない。日本の未来を考えると怖くなった」という。
実は仲さんがシリコンバレーを訪れたのは初めてだった。京都大学卒業後、米系投資銀行に勤務。その後、フェイスブック日本法人を経て、起業した。学者の母親が名門の米デューク大学で研究活動をしていたこともあり、1年間をノースカロライナ州で暮らした経験もある。それだけに米国に強い憧憬を抱いていたわけではない。シリコンバレーに滞在したのは約1週間程度で、スタンフォード大学やフェイスブック本社などいくつかの企業を回った。街自体は「東京に比べて殺風景な感じの地方都市」という印象しかなかったが、その街で躍動する人々の姿に強い刺激を受けた。
だからといって米国市場を今すぐ攻めようとは思わない。「米国市場の攻略には優れた戦略と武器が必要」。しかもビジネスSNSではリンクトインなどのネット大手が米欧の英語圏で先行している。「我々のサービスと相性がいいのは日本に近いアジア。特にシンガポールやインドネシアではまだビジネスSNS市場は開拓しつくされていない」。今、仲さんは、シンガポールやジャカルタを頻繁に訪れている。近くシンガポールにオフィスを開設する予定だ。仲さんの目は今、東南アジアに注がれている。
ウォンテッドリー代表取締役CEO。1984年生まれ。2008年、京都大学経済学部卒、ゴールドマン・サックス証券入社。退職後、フェイスブック日本法人に初期メンバーとして参画。10年9月、現在のウォンテッドリーを設立し、フェイスブックを活用したビジネスSNS「ウォンテッドリー」を開発。12年2月にサービスを正式公開。
(代慶達也)
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