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ICU時代、J・カビラと六本木で青春を謳歌 平井一夫・ソニー社長が語る(上)

2016/9/26

 3期ぶりの黒字転換、人工知能(AI)、ロボティクスへのチャレンジ表明と、2012年に社長に就任した平井一夫氏(55)のもと、復活を遂げつつあるソニー。その平井氏は、幼少期を海外で過ごした後、国際色豊かな国際基督教大学(ICU)で4年間を過ごした。日本を代表するグローバル企業のトップとして評判のプレゼン力は、大学時代のアルバイトで培ったという。

>>(下)ロボティクス挑戦へICU同窓生とタッグ

■日本と海外をいったりきたりの生活から、日本に腰を据えた生活をしたいと思い、ICUに入学した。

 銀行員だった父親の仕事の関係で、子供のころから日本と北米を行ったり来たりの生活でした。

 小学1年の1学期まで日本にいましたが、父親の転勤でニューヨークに引っ越し。4年の1学期まで過ごしました。現地の小学校に編入しましたが、初めは英語がさっぱりわからず、大変な日々。ただ、子供は外国語の上達が速いので、私も間もなく英語が話せるようになり、友達もすぐにできました。

 ところが、米国での生活に慣れたころに、日本に帰国。小学6年の時に、再び父親に転勤辞令が出て、今度はカナダに引っ越し。中学3年の途中までカナダで暮らしました。

 それから再び日本に戻り、東京都調布市にあるアメリカン・スクール・イン・ジャパン(ASIJ)に入学しました。しかし、その1年後、父親が今度は、サンフランシスコに転勤。私も現地の高校に編入しましたが、落ち着く間もなく高校3年の時に帰国、ASIJに再編入しました。

 海外生活のほうが長くなるにつれ、日本語よりも英語のほうが上手くなりました。家の中では、両親とは日本語で会話しましたが、弟とは英語。日本語を忘れないようにと、現地で日本語の補習校にも通いましたが、漢字が苦手で、日本に戻った時は苦労しました。

 大学進学にあたっては、日本に腰を据えたいと思いました。当時は、ASIJを卒業した生徒が日本の大学を選択する場合、積極的に門戸を開いていたのはICUと上智大学だった。ICUは、海外の学校制度に合わせた9月入学もあるので、6月にASIJを卒業した私は、9月にICUに入学しました。

■外国のようなキャンパスの雰囲気が心地よかった。

ICUでは9月入学の日本人は「変ジャパ」と呼ばれていたと話す

 ICUは、私のようなアメリカン・スクールやインターナショナル・スクールの出身者がたくさんいますし、海外からの留学生も非常に多い大学です。多様な文化が良い感じで混じり合っているなと、入学後、しみじみ感じました。キャンパスが広いこともあり、日本にいながら外国にいるような雰囲気で、海外生活の長かった私にはとても過ごしやすい環境でした。

 もちろん、日本の高校を卒業した日本人の学生もたくさんいます。当時は、4月入学の彼らは、純粋な日本人という意味で「純ジャパ」、私のような9月入学の海外生活の長い日本人は、変な日本人ということで「変ジャパ」と、呼ばれていました。

 いろいろな授業がありましたが、楽しかったのは少人数でのディスカッション形式の授業です。米国やカナダでは小学生のころから、学校の授業で、みんなの前で自分の意見を述べたり討論したりする経験を積むので、ディスカッションは得意でした。

■大学で特に思い出に残っているのは、英語のアルバイトとディスコ通いとか。タレントのジョン・カビラ氏とは高校からの付き合いで、今でも交流が続いている。

 ASIJの敷地内に子供向けの英語学校があり、そこで4年間、講師のアルバイトをしていました。大学の授業が終わると、自分で車を運転して英語学校に行き、幼稚園児から中学生まで様々な年齢を対象に英語を教えていました。

 夜は家で翻訳のアルバイトもしていました。電化製品の取扱説明書や工場の組み立てラインのマニュアルなどを日本語から英語に訳す仕事です。取扱説明書は比較的簡単ですが、組み立てラインのマニュアルの話は専門用語もたくさん出てきます。当時はインターネットなどない時代でしたので、自腹で分厚い専門辞書を買い、コツコツ調べながら翻訳していました。

 翻訳料は、A4サイズの紙にダブルスペースで1枚1500円ぐらい。学生時代はこのようなアルバイトで結構な収入になっていたので、就職して初任給を見た時は、金額の少なさに愕然としてしまいました。

 ジョン・カビラさんとは、ASIJ時代からの友人。学年は彼のほうが2つ上ですが、音楽という共通の趣味があったので、自然と一緒に行動するようになりました。

 大学時代は、時々、2人で、キャンパスで開かれるディスコ大会のDJをやっていました。家からカセットを持ってきて、ミキサーを使って曲を流すだけですが、盛り上がるように曲の順番を考えたり、チークタイムに掛ける曲を考えたりするのが楽しかったですね。

 カビラさんとは最初の就職先も一緒。今は2人とも忙しいので、年に2、3回ほどしか会う機会がありませんが、会えば学生時代と何も変わらず盛り上がります。

 本物のディスコも大好きで、私がバイト代をためて買った車を運転し、友人と毎週末のように六本木や渋谷のディスコに通っていました。

 もっと勉強しろよと、自分に突っ込みをいれたくなりますね。(笑)。

インタビュー/構成 猪瀬聖(ライター)

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