廃校で大人が熱中 ドロケーやアニメ塾、宿泊も
生徒数が減って閉じてしまった「廃校」が旅の目的地として生まれ変わりつつある。大人向けの学校としてリスタートする例や、童心に返る機会を提供する宿に転じるケースが相次いでいる。足を踏み入れた瞬間に、誰もが「生徒」に戻る魔法の場所、それが「廃校」だ。
大人が学び直す場に
元インテル日本法人社長の傳田信行氏、元マイクロソフト日本法人社長の古川享氏、ジャストシステム創業者の浮川和宣氏――。一流のビジネススクールからもお呼びがかかりそうなこういった「先生」たちが教壇に立つ「廃校」が山形県高畠町にある。だが、学ぶのは子どもたちではなく、全国から応募した立派な大人たちだ。
廃校の施設を利用して、20~80歳の大人に出会いと学びを提供する「熱中小学校」は2015年10月に開校した。廃校になった旧時沢小学校は、1978年から放送された俳優・水谷豊主演のテレビドラマ『熱中時代』のロケ地だった場所。「熱中小学校」と名付けた由来だ。
多くの廃校が観光拠点、オフィスなどに転用される中、こちらは本来の役割を受け継いで「学校」として再スタートを切った。起業家や経営者、大学教授、デザイナーなど、現役の切れ者、フロントランナーたちが教壇に立つ。大半の先生はボランティア講師で、ほとんど手弁当で協力している。生徒の学費負担も軽く、半年間で50歳未満は1万円、50歳以上は2万円となっている。
授業は隔週土曜の月2回ペース。生徒たちは首都圏や北海道、静岡などからわざわざ授業を受けに来る。1期は6カ月で、最長で6期3年間、在籍できる。第3期生(募集は40人)は10月1日に新1年生として入学したばかり。次の第4期の募集タイミングは17年1~2月の見込みだ。
運営を担うのはNPO法人「はじまりの学校」。山形での成功は早くも各地に飛び火しつつあり、東京都八丈町では10月15日に「八丈島熱中小学校」が始まる。第1期生の募集は9月30日で締め切った。「熱中小学校」では初の離島姉妹校となる。
日本アニメを発信・制作
テレビアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』で知られるアニメ企画・制作会社、ガイナックスが福島県三春町と協定を結んで、廃校舎を活用したのが「空想とアートのミュージアム 福島さくら遊学舎」。日本初の本格アニメーションミュージアムをうたう。旧町立桜中学校の校舎が15年4月に衣替えした。
テレビアニメの制作過程を再現した「ガイナックス流 アニメ作法展」が最大の見どころ。アニメ制作会社ならではの作り手目線を通じて、世界に知られた日本のアニメづくりを深く知ることができる。実際にアニメを制作するスタジオも開いた。東日本大震災の被災地を「ジャパニメーション」の力で支援する取り組みとしても関心を集める。
清流の里にフィギュアの聖地誕生
「クールジャパン」の力で廃校をよみがえらせる試みが各地に広がる。世界的なフィギュアメーカーの海洋堂が高知県四万十町で運営しているミュージアム「海洋堂ホビー館四万十」はもともと廃校になった町立打井川(うついがわ)小学校の体育館を利用している。海洋堂の歴史をたどる展示に加え、1万点を超える食玩(菓子のおまけ)やガレージキット(組み立て式模型)、フィギュアなどがあり、好きな人にはたまらない。
「最後の清流」と呼ばれる四万十川を抱く、山奥の地に、日本を代表するサブカルチャーの聖地があるギャップが何とも楽しい。廃校体育館のさびれたたたずまいがマニアックな造形物の空気感と不思議とマッチしている。
宿泊できる廃校が増えてきた。「海洋堂ホビー館四万十」がある四万十町に隣り合う四万十市には旧中半(なかば)小学校を再生した自然学校「四万十楽舎」がある。宿泊できる部屋が9室あり、1~6年の教室、保健室、放送室、校長室が選べる。保健室には身長測定器が置かれ、校長室の壁には賞状類の額がかかっている。
図書室や音楽室、談話室は宿泊客が自由に使える。自然を生かしてカヌーや川釣りなどのレジャープランがたくさん用意されている。宿泊者は特別に鳥獣ウオッチングや星空楽校などのプログラムにも参加できる。
「大地の芸術祭の里 越後妻有(えちごつまり)2016秋」が10月1日、新潟県十日町市、津南町で開幕した。10月31日までの毎週土日曜、祝日にアートや食のイベントが開催される。津南町にある「秋山郷結東温泉 かたくりの宿」は1884年(明治17年)に開校し1992年に廃校となった木造校舎の小学校を改築した宿だ。校長室は内風呂に姿を変えた。体育館やグラウンドは学校だった頃の面影を残す。冬季は豪雪が珍しくない、新潟県と長野県にまたがる秘境だけに冬は休んでいる。
廃校に泊まる非日常キャンプ
かつての小学校をそっくり貸し切って「廃校キャンプ」が9月10~11日、「泊まれる学校 さる小」(群馬県利根郡みなかみ町)で開催された。用意されたプログラムは運動会や花火大会、キャンプファイヤー、ドロケーなど盛りだくさんで、どれもわんぱく心を誘う。夜は1日限定の「星空BAR」が開店。かつて学校では決して許されなかった飲酒だけに、ほのかな背徳気分が味わえる仕掛けだ。
この「廃校キャンプ」を実現したのは、非日常イベントの専門企画会社「Holiday Jack」。2015年設立のまだ若いベンチャーながら、「一生に一度はやってみたい」をコンセプトに掲げ、ユニークな体験だけを提供する非日常イベントを企画・運営している。
全館貸し切りや道の駅併設も
「泊まれる学校 さる小」は08年に閉じた猿ケ京小学校が前身。1日1組の貸し切りで宿泊できる宿だ。貸し切りのおかげで、運動場、プール、調理室など、施設全体を自由に使えるから、仲間とのミニ合宿にも使いやすい。周囲を気にせずに済むので、吹奏楽やバンドの練習にも向く。
「道の駅」に姿を変えた廃校もある。千葉県鋸南町の旧・保田小学校は2014年に126年の歴史を閉じたが、「道の駅 保田小学校」として生まれ変わった。教室を使った宿泊施設「学びの宿」は黒板や荷物入れ、掃除用具箱など、教室の面影を残したたたずまい。宿泊料金は個室(2~4人)で4000円と手ごろだ。野菜や地場産品を売る直売所は体育館を改装した。小学校の雰囲気を残したままリノベーションした「道の駅」は全国的にも珍しいという。
ものづくり、創業を支援
本来の「学舎(まなびや)」という性格を受け継いだ施設が「IID 世田谷ものづくり学校」(東京都世田谷区)。2004年に廃校となった旧池尻中学校を区から借り受けてリノベーションした。各教室はクリエイターやデザイナーの「仕事場」に姿を変えた。
同時に、地域に開かれた「学びの場」でもあり、「ものづくり」をテーマにしたワークショップやセミナーが随時開催される。10月だけでも世田谷パン祭り、大人対象のドローイング・ワークショップ、子ども向けキャリアスクールなどが予定されている。同学校の輪は「隠岐の島ものづくり学校」(島根県隠岐の島町)や「三条ものづくり学校」(新潟県三条市)でも廃校再生プロジェクトとして広がりを見せている。
2002年度以降、全国で5800を超える公立学校が廃校になったとされる(文部科学省の統計による)。日本が直面する最大の「国難」とも言える人口減少を象徴するのが廃校の急増だ。廃校を訪ねる体験は、この問題の深刻さをあらためて意識する機会となるのと同時に、過疎や老朽化といった課題と向き合うしなやかな知恵の芽吹きも感じさせる。
「熱中小学校」が「もういちど7歳の目で世界を…」とうたう通り、一瞬のうちに子ども時代へ意識をタイムスリップさせてくれるのも、「校舎」という場のパワー。普段はなかなか思い返すことのない、「幼い頃の夢」や「なりたかった私」といった、片付け忘れた「宿題」に気づかせてもらえるのも廃校ならではの自分再発見と言えるだろう。
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