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かれんとスコープ

納豆にも国際規格? 類似品対策、道険しく

2016/9/25

朝一番が販売する「豆の香」。欧州へ売り込むために様々な食べ方を提案する

 

納豆に国際規格化の動きが出てきた。和食ブームを追い風に海外での消費の拡大を狙う。日本の伝統食の中でもなかなか癖が強い“NATTO”は世界デビューを果たせるのか?

 「当初は赤字続きだったが、ここ数年で売り上げが倍増している」。納豆メーカー、丸美屋(熊本県和水町)管理部の家村亨さんは笑みをこぼす。中国市場の開拓を目指し2002年に現地工場を立ち上げたが、独特の臭いと粘り気が敬遠され苦戦した。

 それが、日本への観光客の増加で風向きが変わった。宿泊先の朝食に出る納豆を食べて、中国人もおいしさに気づいた。「美容や健康にいいという評判も加わり、若い女性や富裕層がよく購入する」(家村さん)。日本のようにご飯にのせず、おかずとしてそのまま食べるという。

■文化遺産が追い風

 納豆の輸出はじりじり増えている。全国納豆協同組合連合会(東京・台東)によると、15年は745トン。かつては海外に駐在する日本人向けだった。だが13年に和食がユネスコ無形文化遺産に登録され日本の伝統食への関心が高まり、現地の外国人が購入するようになったという。

 海外での販売を見越した商品開発も始まった。朝一番(茨城県土浦市)の「豆の香」もその一つ。外国人の嗜好を調べると、納豆を嫌う理由は独特の香りよりもネバネバの食感にあった。そこで茨城県工業技術センターなどの協力を得て、粘り気と糸引きが少ない納豆を開発した。大橋茂・工場長代理は「オリーブオイルやブラックペッパーなどとまぜると絶品。パンやクラッカーにチーズとともにのせて食べてもおいしい。欧米への輸出に向け商談は大詰めに入った」と自信を見せる。

 国内市場は人口の減少に米食離れも加わり、将来の成長は見込めない。海外への進出は納豆業界にとり千載一遇のチャンスだが、困った事態が起きた。大豆ではなくエンドウ豆を原料としたり、納豆菌ではない菌で発酵させたりする類似品が「納豆」を名乗るケースが出てきたのだ。全国納豆協同組合連合会の松永進・専務理事は「大豆を原料に納豆菌を使って発酵させた日本の伝統的な製法だからこそ、うまみと高い栄養価が育まれる。『納豆もどき』を排除しないと、納豆のブランド価値が壊れる」と心配する。

 業界の声を受け、政府も動く。食品の共通基準をつくる国際機関コーデックス委員会が9月26~30日にインドで開くアジア部会に納豆の規格化を提案する。日本の提案ではこれまでインスタントラーメンが唯一、採用されている。

 規格自体は罰則も強制力もない。ただ、食品を巡る国際紛争が起きたとき、世界貿易機関(WTO)は有力な判断基準にする。規格と異なる原料や手順で作った食品を「納豆」として製造・販売することを事実上、止められる。

■大豆発酵食、各地に

 政府は、15年に7451億円だった農林水産物・食品の輸出額を20年までに1兆円に増やす目標を掲げる。納豆の国際規格化はその一環だ。

 順調に手続きが進めば、最短で21年には国際規格が決まる。約190カ国とEUが加盟する同委員会のお墨付きがあれば、日本の納豆の国際的な地位は一気に高まる。

 ただし、ハードルは高い。日本は1998年に醤油(しょうゆ)の規格化を提案したものの、途中で断念した過去がある。地域に根付いた類似品が世界各地にあり、規格の統一が図れなかったからだ。

 発酵学者の小泉武夫さんは規格化に理解を示しつつ、「インドネシアや韓国、中国などアジア一帯に納豆に似た大豆発酵食品が昔からある。それらも尊重すべきだし、日本の製造・流通手法を規格とすることに異論が出るかもしれない」と指摘する。

 食はその土地の歴史・風土や農作物を基にした重要な文化だ。だが、グローバル化の昨今、オリジナルを守れという主張はなかなか難しい。

 ◇   ◇

■関連インタビュー■発酵学者、小泉武夫氏に聞く

 納豆の国際規格化で、特に難しいのはアジア一帯に大豆の発酵食品がみられること。いずれも現地では古くから食べられているものだ。発酵学者の小泉武夫氏に各地の大豆を使った発酵食品と納豆のコーデックス規格化の意義を聞いた。
発酵学者の小泉武夫氏。納豆をはじめ、世界中の発酵食品を食べ回っている

――大豆発酵食品は納豆だけではないのですね?

 「例えばミャンマー。大豆を納豆菌で発酵した納豆そっくりの食品があり、現地の人によく食べられている。私も現地の市場で買って食べたことがある。日本の納豆との違いは糸を引かないこと。粘り気がほとんどない。ほかにもネパールの『キネマ』、中国『トウチ』、韓国『チョングッチャン』、インドネシア『テンペ』など大豆などを発酵させた食品はアジア各国に広がっている」

 「納豆と、これら大豆発酵食品との違いは発酵菌と流通・販売手法。納豆は製造工程をきちんと管理し、純粋な納豆菌だけを使って発酵させている。他国の大豆発酵食品は枯草菌と呼ばれる別の発酵菌を使っていたり、納豆菌を使っていても途中で別の発酵菌も混入したりして、出来上がりは糸を引かないし、臭いも弱い。流通・販売の管理も納豆は厳しい。日本国内では発酵が進みすぎないように10℃以下を守っている。温度が高くなりすぎると納豆菌は自己消化してアンモニアをつくってしまう。そうなると臭いが鼻につき、味が落ちる。日本の納豆はこのように発酵の過程から流通・販売の経路まできちんと管理しているからこそ、納豆独特の粘り気と香り、うまみ、栄養価が生まれる。もちろん他国の大豆発酵食品もそれぞれの食文化に根ざしており、すばらしい食品だ。ただ日本の納豆とは一線を画す」

――納豆が世界的に注目を集めている今、国際規格化は必要ですか?

 「2013年に和食がユネスコ無形文化遺産に登録され、日本の伝統食に世界は関心を持っている。中でも納豆は血栓のもととなるたんぱく質を分解する酵素が含まれることが明らかになるなど健康・美容への効果も指摘され、注目の的だ。日本の納豆のすばらしさを世界に広げるためにも規格化は実現すべきだと思う」

 「ただ、コーデックス委員会での議論はハードルも多いだろう。規格化できれば納豆の類似食品を排除できるが、先に挙げた大豆発酵食品を持つ国々は納豆だけ特別扱いする規格化に抵抗するかもしれない。よくよく考えてみるとグローバル時代に独自の食文化を守るのは容易ではない。それは逆の立場になってみれば分かりやすい。例えば韓国のキムチ。本来キムチは発酵食品だが、日本国内では一夜漬け程度で辛いけれど発酵していない白菜の漬物もキムチとして売られている。それはその方が日本の伝統的な漬物の感覚に近く、日本人の口に合うからだ」

 「そもそもコーデックス委員会は、個別の食品を優遇するのではなく、できるだけ包括的な規格をつくろうとする傾向がある。かつて日本は醤油(しょうゆ)の規格作りを提案した。最終的に断念したのは、各国の意見も取り入れ、日本で伝統的に醤油と見なしてきた枠組みを超えて醤油を規格化しようとする意見がコーデックス内で高まったからだ。日本の伝統を守る目的の提案だったのに、逆に醤油の国際的な定義によって日本の醤油の立場が危ぶまれる状況になって日本から提案を取り下げた」

 「納豆も同様のリスクがある。各国との交渉の中で妥協しすぎると、国内では納豆と認めていない大豆発酵食品が国際的に『NATTO=納豆』と正式に認められる可能性がある。『納豆もどき』が大手を振って輸入されるようになったら、伝統的な納豆の生産業者は痛手を負うかもしれない。どんな規格をつくり上げるか。日本政府の力量が問われる」

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■現地風やアレンジもあり? 不思議な日本食に衝撃

 グローバル化で日本の食文化も世界に広がった。ただ、日本人から見ると不思議な和食も増えている。ツイッター上は「ノルウェーではサーモンの上にイチゴがのったお寿司を売っている」「日本料理の『若竹煮』。海外でその味付けがまるで『みたらし団子』。破壊力がすごかった」などの海外で出合った和食の話題であふれている。

 ただ、何をおいしいと思うかは国それぞれだ。「海外で出回る日本食に異を唱えるのと、ナポリタンがイタリアンではないってことは本質的に同じ」「日本食も現地の人の口に合うようにアレンジされていいのではないか」との指摘もあった。調査はホットリンクの協力を得た。

(編集委員 石塚由紀夫)

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