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海産物を売り込む細矢さん(右)(東京都狛江市のOdakyu OX狛江店)

海産物を売り込む細矢さん(右)(東京都狛江市のOdakyu OX狛江店)

高齢者が働き手として輝き始めた。特にモノを売る仕事で、経験に裏打ちされた接客技術を生かし最前線に立ち続ける人の存在感が増している。今どきの若者と異なり、マニュアルに頼らない臨機応変な語り口は、同世代の支持を集める。高齢者が高齢者を接客する「老老接客」。これからの日本には欠かせない。

「さあ岩手でございます。いらっしゃいませ」。8月下旬の昼下がり、東京都狛江市にあるスーパー「Odakyu OX狛江店」。男性の大声が響く。声の主は岩手など三陸地方の海産物を催事販売するマネキンの細矢毅さん(76)。この道25年だ。

軽妙な口上につられて、78歳女性が売り場に訪れた。ワカメを薦める細矢さんに女性は「我が家でワカメといえば味噌汁の具だけど塩分が多いので控えているの」と答える。「それならメカブがいいよ。納豆と合わせるとカリウムがいっぱいだから体にいいよ」と細矢さん。

女性はさらに「車いす生活の夫が喜びそうだわ」と続ける。それを受けて細矢さんは「ご主人、介護保険で要介護度いくつなの」。2人とも20分近く会話に夢中になった。女性はやがて60グラム入りのメカブを1080円で買い、満足そうに売り場を後にした。

「常連客は私と同年代が多い。今までの経験でお客が何を欲しいかわかる。世間話をしたいという人もいる。話を聞くのも仕事」。これが細矢さんの接客術。細矢さんはOdakyu OXで狛江店を含め3店に、それぞれ1カ月のうち3~4日間登場する。

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細矢さんに催事販売のスペースを有償提供するイベント企画会社、モードアキ(東京都立川市)によると、同社に登録する食品の高齢者マネキンは約100人。「みんな精力的で、高度な商品知識を持つ。老老接客のプロ」と同社の担当者は話す。ただ「後継者がいない」のが課題。定年のないマネキンとして働く意欲のあるシニアを募集する。

一般の事業会社にも、老老接客にたけた人材がいる。補聴器メーカー、リオンが東京都渋谷区に構える顧客相談センターで働く市村順子さん(68)は、そうした一人。定年後も接客技術を見込まれて、会社から嘱託として長く働いてほしいと依頼され、現在に至る。

聴覚特別支援学校の職員を経て1993年に45歳で入社後、一貫して補聴相談員をこなす。「来店する高齢者は不安でいっぱい。まずは何でも話してもらえるような雰囲気をつくる」。その上で「しっかり聞いて、ゆっくりしゃべる。1人の相談で2時間費やすこともある」。これが市村さんの老老接客だ。

話法も工夫する。「きょうは」「どのような」「ご相談ですか」などと文節で区切るしゃべり方だ。中には聞こえにくいいらだちを怒りに転化させる人もいる。だが市村さんにこの話法で語りかけられると、おおむね冷静になるそうだ。

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近ごろは「暴走老人」という言葉が登場したように、小売店やレストランで店員に「いつまで待たせるんだ」など、自分の思うままにならないとキレる高齢者が話題に上る。その際、接客ノウハウの引き出しが少なくマニュアルに頼りがちな店員はおろおろする場合が多い。そこで同じ高齢者の気持ちが分かるシニアの出番となる。

「同世代が無理難題を言ってきたら、毅然とした接客をする」。神戸市を中心に貴金属店を展開するジュエリーカミネ(神戸市)のプレノ長田店(同市長田区)で、主に時計を修理する藤本昌宏さん(76)はこう話す。

数年前のことだ。高齢の男性が時計の修理に訪れた。男性は「海外製の高級品だから取り扱いに気をつけるように」と高圧的な態度。だが、キャリア50年の藤本さんにはコピー商品と映った。「当店は正規ルートしか扱わない。お断りします」。正規商品と疑わない男性から非難されたが、引き下がらなかった。後日、男性は謝罪に訪れ2人の間に信頼関係ができた。

高齢者の心をつかむ老老接客。シニアライフコンサルタントの松本すみ子さんは、「シニアはモノを買うだけでなく店員と会話するのが楽しみ。相手が若者では話が合わないことも。企業もこれに対応するため、高齢者の雇用を進めてほしい」と指摘する。

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労働市場の支えに 問われる女性の積極活用

少子高齢化で15~64歳の生産年齢人口が減り続けるなか、65歳以上が労働市場を支え始めている。

総務省の「労働力調査」によると、2015年の労働力人口は6598万人で3年連続で増加した。高齢者の労働参加が理由の一つ。65歳以上は14年比6.8%増の744万人と、全体の11%を占めるまでになった。

技術職であれ営業職であれ、労働力の確保に向け、専門知識を蓄積し定年退職した団塊世代への企業の雇用ニーズが高まるのでは、と国はみている。定年後も働き続けたい高齢者の雇用を促進する仕組みづくりを急いでいる。

高齢者の中で働き手として今後、特に期待されるのは女性だ。15年の65歳以上の人口に占める就業者の割合(就業率)は21.7%。男女別にみると男性は30.3%だが、女性は15%とまだ低い。ここでも女性の積極活用が問われている。

(保田井建)

[日本経済新聞夕刊2016年9月20日付]

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