日経ウーマノミクスプロジェクト 組織に新たな風を吹き込む女性たち。しなやかな働き方に輝く社会へのヒントが詰まっている。 日経ウーマノミクスプロジェクト 組織に新たな風を吹き込む女性たち。しなやかな働き方に輝く社会へのヒントが詰まっている。

「家事がしたくなる住まい」を目指して

幼少の頃の海外生活で「住まい」に興味を持ったという
幼少の頃の海外生活で「住まい」に興味を持ったという

 積水ハウスの総合住宅研究所に勤務する河崎由美子さん(52)は幼少の頃、父の仕事の関係で色々な国に移り住んだ。両親は子どもを連れての転居に苦労しただろうが、幼い河崎さんは変化を楽しんでいた。「国によって生活の仕方がこんなに違うんだ」「間取りが異なると、暮らしはこんなにも変わるのか」。リビングルーム一つをとっても、大きさによって自然と親子の一緒にいる時間が異なる。暮らしを左右する住まいのあり方を考えるのがとても楽しかった。

■ライフスタイルの未来を予測する

 高校生になり日本に戻ると、画一的な住宅を見て驚いた。暮らしの洋風化が進んだ時期でもあり「私ならこうする」というアイデアも浮かんだ。住まいに対する興味は増すばかり。神戸大学の建築学科に進学し、設計の勉強に明け暮れ、積水ハウスの門をたたいた。

 住宅の設計ができると思っていたが、配属は研究部門。最初は戸惑ったが、この配属がその後の河崎さんの研究人生の礎になった。当時、まさに「総合住宅研究所」の設立計画が進行中で、入社1年目から研究施設の企画・設計を担当することができたのだ。

 担当したテーマは「視環境研究」。採光や照明、色彩の心理的な効果を研究する部門で、ハウスメーカーで取り組むのは初めてだった。河崎さんは自ら必要な施設を企画立案し、その道の権威の研究者に教えを請いながら見事に完成させる。開所すると海外からの視察が相次ぎ、帰国子女の河崎さんの語学が生きた。

 文献に目を通し国内外の研究者と面会する毎日は、新たな発見に満ちていた。幼少の頃から大好きな住まいの魅力に迫れるのだから、楽しくて仕方ない時間だった。さらに河崎さんはライフワークとして「新聞の記事などを読んで、暮らしの未来予測をする」試みを始めた。情報分析力を養えば、近未来に必要な情報を先回りして研究できると考えたのだ。

 世の中でも「ライフスタイル」という言葉が定着し始め、河崎さんの未来予測も社内で徐々に認知されるようになる。「生活の研究、家族の研究を本格的にやったらどうか」。上司の言葉に後押しされるように、次のステップへと飛び込むことにした。

 ライフスタイルという研究領域は広くて奥の深い大海原のようなものだ。研究者たちは自身の経験などを共有しながら、進むべき道を探り始めた。ここで河崎さんの幼少期の経験が生きた。海外のライフスタイルを誰よりも体感していたから、河崎さんの発想は斬新で説得力のあるものだったのだ。「私の特性を会社が理解して伸ばしてくれた」。河崎さんはそう振り返る。

 そんな河崎さんに大きな変化が訪れた。長男の誕生だ。子育てに理解のある夫に支えられ、1年間の育児休暇に入る。「ハイハイ」から「歩行」までの大切な時期を、我が子と一緒にいられたことは研究者としても貴重な経験だった。子どもが外で駄々をこねても「専門書に書いてある通りの反応で、楽しくて仕方なかった」。

研究者として、子育ては貴重な経験だった
研究者として、子育ては貴重な経験だった

 「お片づけ」は大切なしつけだが、片付けなくていいスペースを作る「実験」もやってみた。積み木やブロックは「片付けなさいと言う代わりに、明日も続きをやってね」と話し、そのまま置いておく。すると大作を作り上げることができる子どもに育ったそうだ。子育て中の友人を毎日のように招き、子どもの行動を比較分析することもできた。「子どもが自然と集まる場所はこういうところか」。子育てにも新たな発見が満ちていた。

 職場復帰し、研究だけでなく開発の役割も担うことになる。家族や暮らしについての研究成果を、実際に顧客に提案する商品としてまとめるのだ。研究成果はどれも魅力的だが、商品にするとなると新たなハードルが立ちはだかる。「どんな効果があるのか定量的に説明できなければ、社内の誰も振り向いてもくれない」のだ。

■「ロボット任せ」にしない理想の住まい

 研究成果を裏付けるため、消費者参加型の大規模な調査や、脳の反応をみる実験を積み上げていく。簡単に理想的なデータが取れるわけではないから、粘り強く繰り返すしかない。さらにデータが集まっても、社内の設計士や営業担当者に一目で理解してもらえないとハウスメーカーの商品とはいえない。カタログ作りも重要な作業になる。言葉一つ、写真1枚にこだわる毎日。「研究者というより編集者に近い仕事かもしれない」

 そして河崎さんの所属してきたライフスタイルについての研究開発グループは、いくつものソフト商品をまとめあげてきた。ペットとともに暮らす住まい「Dear One」、子どもの生きる力を育む「コドモイドコロ」、収納問題を解決する「収納3姉妹」、食から考える住まいづくり「おいしい365日」などが代表作だ。

グループリーダーになり、改めてライフスタイル研究の奥深さを感じている
グループリーダーになり、改めてライフスタイル研究の奥深さを感じている

 「コドモイドコロ」はまさに河崎さん自身の子育て経験が生きた商品。2年かけて国内外の文献を調べ尽くし、子どもの発達に合わせて住まいはどうあるべきかを体系的にまとめた「巨大なエクセル表」が開発の礎となった。決して犬や猫が好きではない河崎さんが研究に携わった「Dear One」では、犬が滑らない床材の開発まで踏み込んだ。「社内からカタログが欲しいと問い合わせを受けることがささやかな幸せ」と河崎さんは話す。

 昨年からグループリーダーになり、他の研究員のアドバイスが仕事の中心になった。自身の研究に時間が割けないのは寂しいが、研究員がそれぞれの経験や思いを持って研究に取り組んでいる姿を見て、ライフスタイル研究の奥深さを改めて感じている。

 河崎さんに将来の夢を聞いてみた。答えは「家事がしたくなる住まい空間を提案すること」。家事が苦手な人は「ロボットが代わりにやってくれる」近未来を求めるかもしれないが、河崎さんは「自分でやってみたいという感情が湧き出る住まいを作り、みんなが暮らし上手になる」未来を描いているのだ。

 「収納、調理は提案できたので、掃除がしたくなる提案ができれば完成。引退してもいいかな」。そう話す河崎さんだが、いまだに「人と暮らしの話をするたびに、驚きと発見がある」。住まいに対する探究心は決して、尽きることがないようだ。

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