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リオの車いすマラソン、ホンダの3D計測技術が支える

2016/9/8 日経産業新聞

 日本時間19日に行われるリオデジャネイロ・パラリンピックの車いすマラソン。出場する日本代表選手の走りをホンダが支えている。競技用車いすを開発するだけではない。車いすの性能を引き出せるよう、3次元(3D)技術を応用してフォーム改善の取り組みをサポートしてきた。1秒でも早くゴールへ――。日本発の「追い風」は届くか。

 7月末、熊本保健科学大学(熊本市)の室内に、車いすマラソン日本代表の山本浩之選手と土田和歌子選手の姿があった。「バイオメカニック測定会」に臨むためだ。

 選手の動きをカメラで読み取る「モーションキャプチャー」の技術で、車いす走行時の筋肉の動きや腕力の大きさ、力が働く向きや車いすの駆動力を調べる。大会前にフォームの確認などを最終調整するのが目的だ。

■3Dアニメで筋肉の動き視覚化

土田和歌子選手は5度目のパラリンピック出場で、悲願のマラソン金メダルを目指す

 2人はまず肩や肘などの関節や頭部など約20カ所に球状の反射マーカーを貼る。ホンダグループが開発した車いす「極(きわみ)」に乗り、計測機の上に載る。前傾してホイールを回す姿を、周囲に置かれた10台以上のカメラで撮影する。

 10~15分の撮影で得たデータは、ナックイメージテクノロジー(東京・港)の動作解析ソフトウエアで分析。筋肉の働きを3Dアニメーションで視覚化する。

 測定会はホンダ子会社で車いす開発を担うホンダR&D太陽(大分県日出町)と、熊本機能病院、熊本保健科学大学の共同プロジェクト。計測機は本田技術研究所とR&D太陽が開発した。

 車いすで効率的に走るためにどう体を使えばよいか。プロジェクトは2015年春に始まった。

 車いすマラソンは、体と車がどれだけ一体化しスピードアップにつながるかが見どころ。世界トップクラスの男性選手の場合、42.195キロメートルを最短1時間20分台で駆け抜ける。平均時速は平地で時速30キロメートル、下り坂では時速50キロメートルに達する。

 土田選手と山本選手が出場する車いすマラソンは男女とも大会最終日の18日午後0時30分(現地時間)スタート。海岸を5周するコースで、急なカーブの折り返しが勝負のポイントの一つだ。

 ただ、スピードを左右するのは車いすの性能よりも、選手の体力や技能の方が大きいという。他の選手との駆け引きもさることながら、車いすにどれだけ効率的にパワーを伝え加速力を生み出すかが勝負の分かれ目となる。

 この肝心の部分が、まだ選手の感覚に委ねられている。「車いすにどんな力が働いているのか分からない点も多い」と話すのは、元日本記録保持者で3度のパラリンピック出場経験を持つ山本行文氏。「科学的な分析でメダル獲得につながるのでは」。自らも携わる測定の効果に期待する。

■腕の動きと車いすの一体化でパワー効率的に

山本浩之選手は測定結果を受けて車いすを漕ぐフォームなどを改良した

 選手も効果を実感している。ロンドンのパラリンピックに出場経験がある山本浩之選手は昨年から継続的に測定を受け続けてきた。4月の測定で、ひとこぎでハンドリムを動かす長さが短いことが分かった。ひとこぎが長いほど走行距離は伸びる。

 腕の動きや力のかかり方が数値化され、体の動きが自ら理解できるようになった。「肘や手首、肩をうまく使い、力をタイヤに乗せるようにこぐ形にフォームを変えた」

 土田選手は15年12月以来2回目の計測だ。今年2月の東京マラソン車いす女子を9連覇した実力者。リオで悲願の金メダル獲得を目指す。土田選手は「従来は見よう見まねでフォーム改善を図ってきた。車いすと体の一体化に役立つ」と話す。

 ホンダが車いすの開発を始めたのは03年。創業者・本田宗一郎氏が障害者雇用を目指し設立したホンダR&D太陽の従業員が車いすマラソンに出場していたのがきっかけだ。「仲間がレースで勝てる車いすを自社技術で作りたい」。ホンダの基礎技術研究センターと研究を始め、八千代工業と共同で14年に製品化した。

 車体は自動車レース「F1」のレース車やホンダジェットで磨いてきた炭素繊維の技術を応用した。軽さに加え衝撃を吸収するよう、独自の複合材を開発。選手が座る部位は3Dスキャナーで一人ずつ下半身を計測し、風の抵抗を最小限に抑える形状を設計する。

■「将来への種まき」障害者スポーツ底上げ狙う

 選手の育成支援と一体となった車いす開発は、ホンダの経営戦略や企業の社会的責任(CSR)に従い実践しているわけではない。自ら開発テーマを設け最先端の技術に挑戦する、というホンダの企業文化から自然発生的に生まれたものだ。同社の理念「3つの喜び(創る、売る、買う)」の一つの表れでもある。

 ホンダは、競技用車いすのオーエックスエンジニアリング(千葉市)など先発メーカーとは異なり、一般用は製造していない。本田技術研究所の高堂純治研究員は「事業としても将来への種まきになる」と話し、他の障害者スポーツ用の器具開発につなげる可能性を探る。目指すのは障害者スポーツの底上げだ。

 障害者スポーツは近年、器具の進歩で飛躍的に水準が上がった。大企業が技術力を注げば、まだ享受できていない分野の人にもより多くの喜びを提供できるはずだ。

 今回「極」に乗るのは、日本代表3人と南アフリカ代表の計4選手。彼らがリオで活躍すれば、採用はさらに増える可能性は高い。20年の東京パラリンピックで一台でも多くの「極」が都内を駆け抜ける――。開発チームはそんな姿を思い描いている。

(中川竹美)

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