フェルプス選手も利用するカッピングセラピー
「プラセボ効果」が好成績を後押し?
欧米でアスリートとセレブに人気
リオ五輪ではほかにも、体操競技に出場した米国のアレクサンダー・ナドゥール選手などがカッピング跡をつけて競技に出場していました。テニスで金メダルをとった英国のアンディ・マレー選手も、カッピングセラピー愛好者です。
ハンマー投げ金メダリストの室伏広治選手は、現役期間にカッピングを利用していたことを公表しています。アスリートたちは、カッピングが、酷使している筋肉の痛みの軽減に役立つと考えているようです。
海外セレブの間でもカッピングが流行しています。マドンナ、レディ・ガガ、ジャスティン・ビーバーなどが、カッピング跡を自慢げにさらした写真をSNS(交流サイト)にアップしています。ハリウッド・セレブはもっと以前からカッピングセラピーを受けていました。グウィネス・パルトローは04年に、カッピング跡が残る背中の写真を撮られていました。ジェニファー・アニストン、ジェシカ・シンプソン、ビクトリア・ベッカムなども、ドレスからのぞくカッピング跡を目撃されています。
専用のカップを痛む部位に付けて空気を吸い出す
日本では吸い玉療法とも呼ばれるカッピングセラピーは、古代エジプト、古代中国などでも行われていた伝統的な代替療法です。専用のカップを背中の痛む部位などに付けて中の空気を吸い出し(今は吸引ポンプを使うことが多い)、数分間放置する方法(ドライカッピング)が一般的ですが、本場中国では、ツボの位置に小さな傷をつけてカップで覆い、減圧して、積極的に出血させるウエットカッピングも盛んに行われています。ただし、施術後は、出血部位の感染に気を付ける必要があるため、アスリートには不向きです。
カッピングは、有害物質の排出を促し、血流をきれいにし、血行をよくすると考えられています。しかし、カッピングについて調べた研究は、中国以外ではわずかしか見られていません。それでも、カッピングセラピーに関する臨床試験を網羅的に調べて分析した研究がいくつかありました。
12年に「PLoS One」に報告された論文(*1)は、カッピングに関する研究135件をレビューしていますが、8割弱がウエットカッピングに関する研究でした。カッピングは極めて多様な症状や病気の治療に用いられていましたが、いずれについてもカッピング・セラピーの適用を推奨できるほどのデータはありませんでした。また、訓練された専門家が行う場合には安全性は高いといえますが、不快感があったり、あざが残ったり、といった副作用は生じ得ると述べられています。
14年の「Journal of Traditional Chinese Medical Sciences」誌に発表された論文(*2)では、北京大学の研究者たちが急性と慢性の疼痛に対する効果と安全性を調べています。治療を行わなかった場合と比べると、カッピングは、短期的な疼痛(とうつう)軽減に役立つ可能性があることを示唆する結果が得られましたが、対象となった研究の約7割はウエットカッピングについて検討していました。
カッピングの効果を調べる研究は「偽治療群」の設定が難しい
医学分野の臨床試験では、通常、偽治療群を用意して、実際に治療を受けた患者と比較します。しかし、明瞭な跡が残るカッピング・セラピーの効果について調べる研究では、偽治療群を設定することが難しく、意味のある比較は行えません。最も簡単な評価法は、患者本人に、治療前と治療後の差(痛みの強さなど)を尋ねることですが、結果は客観性に欠けます。
科学者からなる非営利団体で、科学と医療に関する正しい情報を伝える活動を続けている米国科学衛生審議会(ACSH)は、16年8月8日にカッピングに関する意見を公表しました(*3)。概要は以下の通りです。
「何人かのオリンピック選手が、筋肉の痛みを軽減するためにカッピングセラピーを利用している。その効果を証明した研究はないが、選手にはそれを告げないほうがよい。なぜなら、メダル獲得を目指す彼らに、カッピングは絶対的な利益をもたらすからだ。選手たちは、治療は高い利益をもたらすと感じており、その効果を信じている。信じる気持ちは、プラセボ効果(本来効果がないはずなのに、身体に好ましい反応が表れること)を生む。カッピングの場合には、施術後に明らかな跡が残ることも、プラセボ効果を高めているだろう。元来、アスリートは縁起を担ぐものだ。カッピングは少なくとも有害ではないため、施術を受けることによって気分が落ち着き、自信が持てるのなら、それでよいのではないか」
どんな治療にもプラセボ効果は存在し、治療の効果に対する期待が大きいほど、また、医師や施術者に対する信頼が高いほど、効果は大きくなる可能性があります。一方で、疑い深い人にはなんの効果ももたらさないでしょう。
開会式まではドーピング問題で大荒れでしたが、リオ五輪は、欧米の人々のカッピングに対する関心を一気に高めた大会となったようです。
*2 Cao H, et al. Journal of Traditional Chinese Medical Sciences. 2014; 1(1):49-61.
*3 American council on Science and Health. 'Cupping Therapy' Not Science Based, Yet Olympians Swear By It. August 8, 2016.
(大西淳子=医学ジャーナリスト)
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