津田大介が聴く600万円の『ホテル・カリフォルニア』
ハイレゾ音源が注目される一方、再評価されるアナログ(レコード)音源。音楽CD市場が縮小する中、脚光を浴びるのは「高音質の体感」だ。ネット配信やライブが音楽ビジネスの中心になりつつあるノンパッケージの時代だからこそクローズアップされてきている音質。前回の「テクニクス『OTTAVA』はハイレゾを変えるか」に続き、総額600万円のシステムで「ホテル・カリフォルニア」を聴きながら、オーディオ機器の今後について考えてみた。
最高級リスニングルームの実力
パナソニックセンター東京にあるTechnicsのリスニングルームを訪ねて、コンパクトながら本格的なTechnicsのオールインワン・オーディオシステム「OTTAVA SC-C500」を試聴させてもらった前回。リスニングルームの中にはいってまず驚いたのが、総額約600万円という高級オーディオシステムだ。「OTTAVA SC-C500」はコンパクトさがうりだが、それを際立たせる存在感に、その最高級オーディオシステムの音を試聴させてもらうことにした。
パナソニックセンター東京のオーディオアドバイザー酒井善郎氏が、優雅な手つきでLPを再生してくれた。曲は、イーグルスの「ホテル・カリフォルニア」。
圧倒的な高音質で聴く往年の名曲は、まるで目の前で演奏されているかのような感覚だ。コンサートやライブ会場では絶対にありえない至近距離にイーグルスのメンバーが立っていて、自分のために汗を飛ばしながら演奏してくれている……。大音量なのに、それぞれの音はきわめて明瞭で、しかも厚みがある。リスニングルームのすみずみまで満ちた音楽の海に飛び込んだようだ。
田口恵介氏(以下、田口) Technicsというブランドは、ターンテーブルのイメージを持っている方が多いと思いますが、もともとはスピーカーユニットの開発から始まっています。アナログ全盛期にはリニアフェイズスピーカーやダイレクトドライブといった世界的技術を搭載した製品を生み出してきましたが、MP3などの圧縮音源がメーンになってくると、デジタルコンテンツでは技術の差別化がだしにくい流れがあって、2010年に一旦お休みしました。ですがその後、ハイレゾ音源などCDよりも高い解像度の音源が出始め、DVDやBlu-rayで培ったデジタル技術を融合していけるということで、2014年に再始動しました。
そこで2015年2月に発売されたのが、Technicsの Reference Class R1シリーズだ。パワーアンプ「SE-R1」の最大の特徴は、独自開発の「JENO Digital Engine(Jitter Elimination and Noise-shaping Optimization)」。これによってデジタルアンプの音質劣化を解決しているという。
LPを再生したターンテーブルは、同社が誇るダイレクトドライブ方式のアナログプレーヤー技術にデジタル技術を融合させた最新のターンテーブル「SL-1200G」だ。
オーディオ専用のSSDとは?
衝撃を受けたのが、ミュージックサーバー「ST-G30」だ。前回、「OTTAVA SC-C500」で再生してもらったハイレゾ音源は、これに保存されていたもの。512GBのカスタムメードSSDを搭載しているという。オーディオ機器は、良い音のために振動を低減するのが大きな課題のひとつだが、HDDの場合、振動はどうしても避けがたい。SSDは稼働部品がないので、振動に対してHDDより良いのは理解できる。しかし、カスタムメードSSDというのが気になった。どういう点をカスタムしているのだろうか。
田口 ミュージックサーバー「ST-G30」はCDのリッピング機能とネットワーク対応ストレージ(NAS)が一緒になったようなGrand Classシリーズの製品です。リッピングするのに、パソコンを使うのが好きではない方もいますので、こうした商品を開発しました。CDをそのまま再生することはできませんが、SSDに一度リッピングして再生する方がより良い音質で聴くことができると考えています。ネットワークにつなげれば、直接ダウンロードすることもできます。
田口 そもそもSSDのほうがHDDよりノイズ感が少なく、音がクリアであると考えていて、それらをつきつめていくと音により立体感がでてくると思っています。ただし、SSDの音質はケース素材が樹脂かアルミかでも異なってきますし、SSDを作っているメーカーによっても異なります。SSDは背面から入れ替えることも可能なので、拡張性もありますし、他社製のものでも使えないことはありません。ただ、SSDは軽量性を求められますので通常のものだと振動対策ができていないんですね。オーディオに関しては振動対策が非常に重要ですので、オーディオ専用SSDとしてカスタムしたSSDを採用しています。
ほかにもさまざまな技術を搭載しているこのミュージックサーバー「ST-G30」の価格は50万円。音のプロたちがカスタムメードしたオーディオ専用SSDを積んだミュージックサーバーまであるとは。ピュアオーディオの世界は本当に奥が深い。これを高いと見るか安いと見るか。音質にこだわったNASでどれだけ音質向上効果があるのか、このあたりは、正直なところわからない。
●今回のまとめ●
アナログLPをTechnicsの最高級オーディオ環境で聴けたのは、素晴らしく豊かな体験だった。
ある意味、こうしたピュアオーディオの世界を突き詰めていくのは、ライブの体験を超えるものだと思う。普通だったら、目の前で好きなバンドやアーティストが最高の演奏をしているのを生で聴く方が良いと思うかもしれないが、そうした体験もライブハウスの環境やPAのうまい下手といったことで結構変わってきてしまう。そう考えると、実は自分の望む音を追求するのだったら、オーディオで聴くほうがぜいたくで心地よい場合もある。
このパナソニックセンター東京のリスニングルームは予約すれば誰でも視聴させてもらえる。ただし、製品の購入を検討するなら、自分が普段、一番良く聴いている音源で、複数、さまざまなジャンルのものを持参するのがいいだろう。普段聴いていない音楽でいくら良い音を聴いても、比較にはならない。何度も聴いたことがある曲を、そのオーディオシステムで聴いた時に、「ああ、こんな音なんだ!」という新たな発見があるかどうか。そんな驚きがあるかどうかで選ぶと良いと思う。そして、自宅でリスニングルームと同じ環境を作るのは難しいことも踏まえて、検討を進めるのがよさそうだ。
一度休止したTechnicsの再始動は、感慨深いものがある。かつてナショナルがあって、パナソニックがAVを展開し、テクニクスという高級オーディオブランドを展開していたわけだが、それが家電も含めてパナソニックに統合されたのが2008年。それから再び、改めてTechnicsブランドが再始動したのは、オーディオをめぐる環境もまた変化してきたということの表れではないか。この最高のオーディオ環境を作り上げているTechnicsリスニングルームには、再びオーディオに賭けるパナソニックの本気が示されていると感じた。
ネットワークオーディオは、時代の流れとしてこれからもますます拡張していくはずだ。ピュアオーディオにしても、SACD(Super Audio CD)やDVDオーディオではなく、ノンパッケージ音源でいくことはほぼ決まったといえる。音楽の楽しみは変わることがないけれど、その音質がクローズアップされてきたことを、音楽会社やオーディオメーカーも、もっとアピールしてほしい。ハイレゾ音源の普及は全部のメーカーにとって利益があることだけに、音楽好きとしては、そうした方向性をますます押し進めてほしいと思っている。
(編集協力 波多野絵理)
ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。「ポリタス」編集長。1973年東京都生まれ。早稲田大学社会科学部卒。大阪経済大学客員教授。京都造形芸術大学客員教授。テレ朝チャンネル2「津田大介 日本にプラス+」キャスター。フジテレビ「みんなのニュース」ネットナビゲーター。一般社団法人インターネットユーザー協会(MIAU)代表理事。株式会社ナターシャCo-Founder。メディア、ジャーナリズム、IT・ネットサービス、コンテンツビジネス、著作権問題などを専門分野に執筆活動を行う。ソーシャルメディアを利用した新しいジャーナリズムをさまざまな形で実践。主な著書に『ウェブで政治を動かす!』(朝日新書)、『動員の革命』(中公新書ラクレ)、『情報の呼吸法』(朝日出版社)、『Twitter社会論』(洋泉社新書)、『未来型サバイバル音楽論』(中公新書ラクレ)ほか。2011年9月より週刊有料メールマガジン「メディアの現場」を配信中。
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