取り込んだ情報の活用 実験と検証を繰り返す
サリム・イスマイル著「シンギュラリティ大学が教える飛躍する方法」(3)
指数関数的に成長する飛躍型企業は外部環境からふんだんな情報を取り込むのが特徴ですが、せっかくの情報もうまく料理しなければ価値がありません。この料理法が飛躍型企業の内部の仕掛けで、I-D-E-A-Sの5つに要約されます
まず大量の情報を外部から取り込む入り口で、自社の野心的目標などに照らしてふさわしい情報が入ってくるようフィルターをかけます。これがインターフェース(I)です。グーグルのアドワーズとアップルのアップストアが典型例です。
デロイト トーマツ コンサルティング キャメル・ヤマモト氏
取り込まれた情報を、組織内の誰もがわかりやすい形で表示する仕掛けがダッシュボード(D)です。自分たちのビジネスが市場でどのように評価されているかを的確なKPI(重要業績評価指標)で要約し、リアルタイムでダッシュボードという鏡に映し出します。
同時にイノベーションを目的として、実験と検証を繰り返すのが、飛躍型企業の基本的な作法です。これをエクスペリメント(E)と呼びます。そこでは、早く失敗し学習速度を上げるリーンスタートアップの手法を取り入れています。
飛躍型企業のコア部分は自律型組織=オートノミー(A)です。自らを組織する力があり多様なバックグラウンドをもつ人々が集まる、一定の権限を委譲された小規模で独立したチームの集合と定義されます。
外部からの情報流(ストリーム)に対応して、内部での情報流の鮮度を保つことにも留意します。それを実現するのがソーシャル技術(S)です。情報を探すのではなく、情報が流れてくる状態をつくりだすことで、旬のアイデアを生み出しやすくすることを狙っています。
前回書いた外部情報を取り込むSCALEは外に対して拡散的なアンテナを張る右脳で、今回の内部の仕掛けのIDEASは内に向けて収束させる左脳です。両脳が補完し合い、野心的な目標を達成するのが飛躍型企業の流儀に他なりません。
ケーススタディー 飛躍型企業の「IDEAS」活用法
飛躍型企業( Exponential Organizations )にとっての内部要素たるIDEASを活用した事例として、前回に続いてギットハブを取り上げます。
○I(インターフェース)
前回触れたアルゴリズムは同時に外部とのインターフェースになっています。それは、ギットハブが活用する外部要素(コミュニティーとクラウド)が生み出すアウトプットや、外部要素を内部の仕事に引き込みエンゲージ(熱中)させる仕組み(例えばゲーミフィケーションのプログラム)を統合する役割を果たしています。
○D(ダッシュボード)
ギットハブは、プラットフォームに関する多くのKPI(重要業績評価指標)をモニタリングしており、情報は洗練されたダッシュボードを通じて社内で共有されています。
ダッシュボードを作る力とは、自社が注視すべき重要な情報・分析を見分けて選び出す力であり、デジタル時代のリーダーに求められる重要な要素です。 i)どの項目(パラメーター)をダッシュボードで取り上げるか、 ii)ある項目(たとえばリスク関連)でどの数値を超えたら危険信号を自動的に発するか、といったことを設定することは、会社経営の基本軸を定めることです。
○E(実験)
ギットハブには特有の文化があります。その特徴は、分権性、クイックレスポンス、透明性、自発性などです。この文化が、新しいアイデアをオープンな形で共有化しては検証する、すなわち「実験」を奨励するということに現れます。ギットハブは、社内用にもオープンで使いやすいプラットフォームを設けて、効果的なコミュニケーションを行うように努めています。従業員はどのプロジェクトに参加してもよいため、社内の誰でも関連資料やトレーニング用の資料にアクセスできます。これは、新メンバーがチームに参加した初日から高い生産性を発揮できる確率を高めます。そうすることで、人材がプロジェクト間を移動する壁を低くしています。多くのプロジェクトはある意味で実験ですから、プロジェクト間の移動のしやすさは実験から実験への移動のしやすさに通じます。
○A(自律型組織)
ギットハブでは、チームへの分権化が徹底されています。プロジェクトを執行するチームは自発的に生まれ、参加者は自分たちでチームの方向性を決めることができます。さらに従業員の誰もが、自分のチーム以外に貢献したりアドバイスしたりすることが奨励されています。ギットハブ内でこの仕組みは「オープン配属」と呼ばれていて、従業員は自分が個人的に関心をもっているテーマや充実感を得られるテーマに取り組めます。採用過程でも、情熱、目的意識、潜在力をもち、自発的に行動できる人物の採用に主眼を置いています。
○S(ソーシャル技術)
ソーシャル技術はデジタル時代における"たばこ部屋機能"を果たすといわれます。
ギットハブはオープンソースのプログラム開発とコラボレーションのためのツールやプラットフォームを提供する企業ですから、ソーシャルな要素と技術はギットハブのプラットフォームと企業文化に深く根付いています。
同社の事実上のオフィスとなっているのがソーシャル技術を生かしたチャットルームです。チャットルームでは上下分け隔てなくオフィスの会話のようなコミュニケーションが図られています。この会話する文化は、チームの士気と生産性を高めています。また管理職も、堅苦しくないわかりやすいコミュニケーションを最優先にして、会話文化を推進しています。チームメンバーは、対面、電話、オンラインのビデオ会議システムを使って、戦略についても会話します。
自律型組織のニュータイプ 「外」のように「内」がなる
IDEASのAの自律型組織は、飛躍型企業を考える際のキーワードであることにとどまらず、従来型企業においても自律型人材をつくることを含めて重要なテーマとなりつつあります。
まず、本書でとりあげられている、従来型企業の階層組織と自律型企業のフラット組織の比較を紹介します。後者にはホラクラシー( Holacracy )という名前がついています
以上のような比較をした上で、従来型組織において自律型組織をつくる際の、飛躍型組織からの学びをいくつか述べておきます。
・まず、「自律」について、「自分たちだけでやってしまう」という側面を強調しすぎると、非常に内向きになる可能性があります。しかし、飛躍型企業におけるチーム(組織)の自律性は、本社本流からの中央集権的な影響からは逃れつつも、外に対しては開かれています。
・あわせて重要なのは、チームとして自律していますが、同時にチームのメンバーも自律していることです。目標を共有できて、必要な専門性を有し自律している人材であれば、社内の人材に限らず、社外の人材も加わることが可能です。同調し合う、べたっとした人間関係に基づく仕事ではなくて、目標達成に向けてお互いの専門性や能力で貢献し合う、自律した人材同士の関係です。
・同じ組織の中にいる同僚でも、相手は自律していて自分の「外」にいる人ですから、相手と自分の間では「外の人」同士の関係が成立しています。このためには、自分や相手の仕事について、その目的、内容、方法等について言葉で機能的に定義することも大切です。
このように、ある意味で乾いていて少々よそよそしい関係があって、その上で、長く付き合ううちに自然と気心が知れて、結果的に同調していくことは当然ありますし、それは望ましいことでしょう。
・ただし、ベースラインとしては、相手との間で同調が成立していなくて、あたかも外の人との間のように仕事を進められることが必要です。内の人とも外の人とも無差別に仕事ができること、それが飛躍型チームの自律性の本質です。
デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員
本名、山本成一。東京大学法学部卒、青山大学大学院国際政経学科修士、オックスフォード大学セントアントニーカレッジ・シニアアソシエイトメンバー。外務省、外資系コンサルティング2社を経て現職。現在は主に日本企業のグローバル化を組織・人材面で支援。主な著書に『グローバルリーダー開発シナリオ』(共著・日本経済新聞社)、『世界標準の仕事術』(日本実業出版社)、『稼ぐ人、安い人、余る人』(幻冬舎文庫)など。
この連載は日本経済新聞火曜朝刊「キャリアアップ面」と連動しています。