変わりたい組織と、成長したいビジネスパーソンをガイドする

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新しいテクノロジーを生かし企業組織・人材を創り直すとどうなるか?この質問に豊富な事例と記憶しやすい分析で答える新古典が、サリム・イスマイルが著した本書(原書名「 Exponential Organizations 」=飛躍型企業)です。

飛躍型企業とは過去4、5年でパフォーマンスを10倍以上改善した企業、すなわち指数関数的に成長する企業を指します。ユーチューブは18カ月で14億ドル、スナップチャットは3年で100億ドルの市場評価額に達しています。本書の魅力はこれら新型企業のあざやかな解剖にありますが、その対比で従来型企業の特徴もえぐり出します。

デロイト トーマツ コンサルティング キャメル・ヤマモト氏

デロイト トーマツ コンサルティング キャメル・ヤマモト氏

従来型企業はヒト・モノ・カネなどリアルな資産で構成される重たい組織です。資産を希少とみなし、所有・雇用して社内に囲い込みます。資産を増大し効率的に活用することで、売り上げや利益を増大させることが成功像で、代表例は巨大なグローバル企業です。

その最大の弱点は、環境激変の時代で勝ち残るために欠かせない柔軟性に乏しいことです。重い体を機敏に動かす巨大な象は、想像することすら困難でしょう。

これに対し飛躍型企業は「情報」で構成される軽やかな組織です。内部に抱え込む施設や人材といったリソースは最小化し、階層的な構造や権限規定など、情報の自由な流れをはばむものも最小限に抑えます。

他方で、情報を媒介としてユーザー、ファン、協力会社等の外部を自分のエコシステムに組み込み、情報でできた製品やサービスを生み出します。情報化する世界において、情報の申し子ともいうべき飛躍型企業は、ムーアの法則に浴して瞬く間に成長を遂げます。

情報という名の隕石(いんせき)が衝突した地球上ではグローバル大企業(恐竜)に取って代わって小規模で俊敏かつ成長性の高い飛躍型企業が次々と生まれる――。カンブリア爆発が到来したという見立ては鳥肌が立つほど刺激的です。

ケーススタディー ノキアとグーグルの運命を決定づけた分岐点

現代ビジネス史の中で最も伝説的な出来事の一つは、スティーブ・ジョブズによる2007年1月のiPhone(アイフォーン)の発表でしょう。文字通り、その日を境にハイテク分野は一変しました。

その2カ月後、フィンランドの大手携帯電話メーカーのノキアが、81億ドルの大枚をはたき、ナブテックという企業を買収しました。ナブテックは道路地図データを提供する会社でした。買収の理由は、同社が道路交通センサー業界を支配していたからです。このセンサーを手に入れることで、地図、モバイル、ローカル情報を手中に収められる、そうすればグーグルやアップルから市場を守る防壁になると、ノキアは考えたのです。確かにこの段階ではノキアの読みが期待通り実現する可能性はありました。

ところが、不運なことに、ちょうどそのころイスラエルでウェイズという小さな会社が誕生します。ウェイズの創業者たちは、センサーというハードウエアに巨額の投資をするのではなく、クラウドソーシングで道路情報を収集するという「飛躍型企業」の道を選びました。ユーザーの携帯電話に内蔵された全地球測位システム(GPS)を活用して、位置情報が付いたデータを集めるのです。創業からわずか2年で、ウェイズはナブテックがセンサーを通じて収集するのと同じだけのデータを集めるようになりました。そして、4年目にはナブテックの10倍のデータを手にしたのです。

それだけではありません。ウェイズにとって新たなデータの追加コストはほぼゼロで、ユーザーは定期的に携帯電話をアップグレードしてくれます。つまり、ウェイズが基盤とするデータも時間とともにコストをかけずに拡充されることになります。ウェイズのサービスの中で何百万人ものドライバーが道路情報をシェアしていて、交通情報を加味した最適経路を検索できます。片や、ナブテックは、アップグレードのたびに多額のコストが必要です。

ノキアは何を読み違えたのでしょうか。「外部資産」が自社所有の資産と比べてどれほど爆発的な成長をもたらすのかを理解していなかったことが決定的です。結局、かつて1400億ドルに達したノキアの時価総額は、12年6月の時点で82億ドルにまで落ち込みます。皮肉なことに、この82億ドルという金額はノキアによるナブテックの買収額(81億ドル)とほぼ同じでした。さらにその後、ノキアの携帯電話端末事業と特許ポートフォリオはマイクロソフトに買収されたのですが、その買収額は72億ドルで、ノキアがナブテック買収で支払った額より10億ドル少ない金額でした。

他方、ウェイズはといえば、13年6月、グーグルに買収されます。その金額は11億ドルです。ナブテックと比べれば安いともいえましょうが、当時のウェイズは従業員わずか100人の中小企業です。もっとも、ユーザー数は5000万人に達していました。ウェイズは5000万の「人間版道路交通センサー」を擁し、しかもその数は1年前から倍増していたのです。

このケースをみるポイントは、ナブテックとウェイズという2つの会社が「所有」に対して根本的に異なるアプローチをとったことです。ノキアが数十億ドルの巨費を投じて物理資産を所有したのに対して、ウェイズは単にユーザーが所有する情報へのアクセスを確保しただけにすぎません。著者のイスマイルは、ナブテックは直線的成長思考の典型例で、ウェイズは指数関数的成長思考の典型例だといいます。もっといえば、ノキアの戦略は設備を設置するスピードに依存しますが、ウェイズが依存するのは情報をシェアするスピードです。後者にのみ、劇的な速さの成長が可能だというのがからくりです。

「指数関数的な成長」のイメージをつかむ

本コラムのキーワードは「飛躍型企業」ですが、その原語は Exponential Organizations です。Exponential(指数的)は数学用語ですが、これからの時代、数学やそれらと親戚関係にあるアルゴリズムやアナリティクスなどとつきあわざるを得ないでしょう。厳密な理解は困難でも、イメージはとらえておきたいところです。

そこで、指数関数のイメージをつかむ練習を、本書で紹介されたグラフや話で試みてみます。一つは、指数関数的成長を直線的成長と対比する形で描いた図です。

このカーブが示すありさまは、一般化して言えば、生産規模が大きくなると、生産がより効率的になるおかげで収穫は規模の増大率を上回る率で大きくなる、ということです。生産の規模が倍になると、収穫は3倍、4倍と加速度的に増えるという現象です。情報関連のビジネスでは、最初に閾値(いきち)を超えた企業が圧倒的に強くなり、ウイナー・テーク・オール(一人勝ち)となります。

従来型企業(さらには従来型社会)で暮らしてきた私たちは、知らず知らずのうちに右上がりの直線に目と頭が調教されていますので、指数関数企業になじむ上で、意識して収穫加速曲線(一種の放物線)にも目を慣らしていくことが必要です。

指数関数的な成長をつかむには、本書でさりげなく紹介された「ヒトゲノム計画」にまつわる小話も私のお気に入りです。

同計画がはじまった1990年当初の予測では、同計画終了に必要な期間は15年、費用は16億ドルでした。ところが、予測では計画の半分にまで達しているはずの97年の段階で、解析が進んだのはわずか1パーセントにすぎませんでした。専門家たちは、7年で1%ですから、終わるのには700年かかる、だから計画は失敗だと結論づけました。しかし、この状況に対して、レイ・カーツワイルは全く違う見通しを示しました。彼は、「1%解析できたのなら、もう半分終わったに等しい」といいます。彼は解析される遺伝子の情報量が、前年比で倍増ペースになっていることに気づきます。このペースでいけば、7年後には100%に達していると計算したのです(1⇒1×2=2⇒1×2×2=4⇒ …1×2×2×2×2×2×2×2=128)。カーツワイルの計算は正しく、計画は2001年に完了しました。

何かの計画で進捗が1%に達したとき、「こんなにやってきたのにまだわずか1%」と思うのか、「指数関数的な成長にのっている、これからすごいことになるぞ」と思うかでは、それこそ雲泥の差があります。

キャメル・ヤマモト
デロイト トーマツ コンサルティング 執行役員

本名、山本成一。東京大学法学部卒、青山大学大学院国際政経学科修士、オックスフォード大学セントアントニーカレッジ・シニアアソシエイトメンバー。外務省、外資系コンサルティング2社を経て現職。現在は主に日本企業のグローバル化を組織・人材面で支援。主な著書に『グローバルリーダー開発シナリオ』(共著・日本経済新聞社)、『世界標準の仕事術』(日本実業出版社)、『稼ぐ人、安い人、余る人』(幻冬舎文庫)など。

この連載は日本経済新聞火曜朝刊「キャリアアップ面」と連動しています。

シンギュラリティ大学が教える飛躍する方法

著者 : サリム・イスマイル, マイケル・S・マローン, ユーリ・ファン・ギースト
出版 : 日経BP社
価格 : 1,944円 (税込み)

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