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立川談笑、らくご「虎の穴」

これぞ隠し味の極意だ! 立川吉笑

2016/8/10

PIXTA

 毎週水曜日恒例、立川談笑一門のまくら投げ企画。今週のお題は『忘れられない味』ということで、うだるような暑さで頭がボーっとする中、次回の師匠へまくらをつなげたいと思います。

 落語家という商売柄、地方公演での打ち上げで土地のモノを食べさせていただけたり、師匠方に飲みに連れて行ってもらえたり、おいしいモノを食べる機会は少なくない気がするけれど、いろいろ食べて思うのはやっぱり自分で作ったご飯が一番おいしいということだ。

高座に上がる立川吉笑さん(東京都武蔵野市)

 以前この連載で、「初めてカレーを作ったときの話」を書いたことがあった。

 一晩寝かしたカレーの味を楽しみにしていたのに、隠し味に入れたインスタントコーヒーの量が多過ぎたらしく、全然カレーが寝てくれなくて困ったというエピソードだ。

 結局は不眠症のカレーを病院に連れていき、睡眠導入剤を処方してもらえたことで無事にカレーが寝てくれたのだけれど、あの出来事のおかげで僕は生まれて初めて自炊生活に楽しみを覚えることができた。

 落語会が終わってクタクタになって帰ってくると、とてもじゃないが自分でご飯を作る気など起きず、コンビニ弁当とかカップラーメンで食事を済ませがちだったけれど、自分のエネルギーになる食事に気を使わないことは、自分の生と向き合えていないことと同じなのではないかと思うに至った。

 

 そこで僕は料理教室に通うことにした。

 これからの人生、限りある一食一食の食事をできるだけ自分の手で作ろう。そしてどうせならちゃんとした先生の下で修業した方がよいだろうと思っての判断だ。

 探し当てた料理教室で僕は三好先生と出会った。有名な老舗日本料理店で総料理長を長年勤められていた三好先生は、以前放送されていた番組『料理の鉄人』に出場した際、見事勝利を納められたらしい。しかも番組史上初の不戦勝だったとのことだからその腕前は底が知れない。

 

 鉄人に不戦勝で勝てるほどの三好先生が作る料理は恐ろしくうまい。

 食べてまず感じるのは「おいしい!」という気持ちでなく、「怖い!」という気持ちだ。怖いと思った直後においしいという気持ちがやってきて、さっきの怖いという感覚は錯覚だったのだと気付かされる。それが三好先生の料理だ。

 

 そして三好先生の料理は後味が長い。

 食べた直後はもとより、しばらくの間、後味が続いたままになる。ご飯を食べ終わっても後味は続くし、家に帰ってくる電車の中でもまだ後味が残っている。おやつを食べている時にも後味は続くし、お風呂に入っているときも、歯を磨いてもまだおいしい。寝て起きても、まだ後味が残っていたりもする。

 三日三晩は後味が残る三好先生の料理は「物理的に」忘れられない味なのだ。

 

 試しに素人の僕が料理を作ったら、後味が長いどころか、後味が一切しなかった。

 むしろフライング気味にちょっとした先味があるくらいで、口に入れても何の味もせず、もちろん後味を残すことなんて全くできなかった。

 「料理の腕を磨くということは、すなわち味を遅くすることと同じだ」と、三好先生は口を酸っぱくして指導してくださった。その口の酸っぱさも恐ろしく長かったことは言うまでもない。

 

 三好先生の後味が長い秘訣は隠し味にある。

 お吸い物を作る授業でのこと。だしや調味料はみんなで共通のものを使っているから、正直なところお吸い物では先生と我々の差はそんなにつかないだろうと思っていたけれど、でき上がった三好先生のお吸い物を飲んだらそのおいしさに驚いた。

 お吸い物をはるかに超えたおいしさが口いっぱいに広がり、そして三好先生特有の後味の長さがそれから数日間続いた。

 

 三好先生のお吸い物の後味が長い理由は隠し味の使い方にあったと知ったのは次の授業でのこと。料理が得意な生徒の何人かも、ゆずの皮を削ったものを少し入れたり、少しあぶったかつお節を入れたりとそれぞれ独自の隠し味を使いこなしてはいたけれど、三好先生の隠し味はそれらとは次元が違う。

 お吸い物の隠し味として三好先生が入れたものは「ゆずの皮」「シナモン」「味覇」「ナンプラー」「オイスターソース」「あん肝」「インスタントコーヒー」「味の素」「カニミソ」「カレー粉」「うなぎのかば焼きのタレ」「ナツメグ」「うまい棒」「チョコレート」「フカヒレスープ」「道場六三郎のお吸い物」「握りずし」だったのだ。

 これだけの種類の材料を三好先生はお吸い物の中に隠すことができたわけだ。この隠し上手なところが三好先生が三好先生たるゆえんだ。普通、お吸い物の中にカレー粉を入れたらカレー味になってしまいすぐに見つかってしまうだろう。しかし三好先生はカレー粉を絶妙に隠すことができるため食べてもカレー味と認識されてしまうことはない。それでも脳の味覚をつかさどる大事な部分にはカレーの存在を認識させることができるため、お吸い物では考えられない後味の長さを生み出すことができるというわけだ。

 三好先生にかかればたいていのものは隠すことができる。刺身定食の中に「豚の生姜焼き定食」をまるまる隠された時には驚いた。あとトムヤムクンの中に「地球儀」を隠された時も拍手喝采だったなあ。まるまる地球儀が入っているのに、食べている人は気付かずに食べ続けたのだから。

 

 最後の授業。

 「和食の神髄は白いご飯にあります。最後に白いご飯の炊き方をお教えします」

 そう言って三好先生は土鍋でご飯を炊かれ始めた。炊きあがった白いご飯はおいしいとかそういうレベルでなく、ただただ感動して涙が止まらなかった。何の変哲もない白ご飯がこんなにおいしくなるなんてやっぱり三好先生はすごい!

 感謝の言葉を伝えようと思ったけど、辺りを見ても三好先生の姿はなかった。

 みんなで探したけどどこにも三好先生はいなかった。

 

 「あっ!」という誰かの声がして、コンロの前を見たら、そこには三好先生の靴がきれいにそろえて置いてあった。三好先生は僕たちに和食の神髄を教えるため白いご飯の隠し味になってくださったのだ。そう思って炊きあがったご飯を見たら、立ち上る湯気が笑っている三好先生の顔に見えた気がした。

 あの時の白いご飯の後味がいまだに続いていて、味も三好先生も忘れられないでいる。

(次回8月17日は立川談笑師匠の予定です)

立川吉笑(たてかわ・きっしょう) 本名、人羅真樹(ひとら・まさき)。1984年6月27日生まれ、京都市出身。180cm76kg。京都教育大学教育学部数学科教育専攻中退。2010年11月、立川談笑に入門。12年04月、二ツ目に昇進。出囃子は東京節(パイのパイのパイ)。立川談笑一門会やユーロライブ(東京・渋谷)での落語会のほか、『デザインあ』(NHKEテレ)のコーナー「たぬき師匠」でレギュラーを務めたり、水道橋博士のメルマ旬報で「立川吉笑の『現在落語論』」を連載したり、多彩な才能を発揮する。ホームページは、http://tatekawakisshou.com/

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