サバニに乗る楽しみと孤独
沖縄の県魚グルクンは、沖縄に滞在中一度は口にする魚だろう。唐揚げが定番だが、クセもなくさっぱりとした味に加え、頭から尻尾まで一匹丸ごと食べられるので初めて食する人にも好評である。
私はアギヤー(沖縄の伝統的追い込み漁)の取材中、ウミンチュからもっとも旨い食べ方を教わったことがある。漁獲したグルクンを包丁を使わず歯で皮を剥ぎ落とし、汚れをサッと海で洗い流し、ガブリとやるというワイルドな食べ方だった。新鮮なグルクンの旨味と適度な塩味が相まって、これまで体験したことのない、究極の漁師料理に感嘆の声を上げたものだ。
ウミンチュたちは漁の合間も、昼食の際も、ほとんど会話を交わさない。持ち場の任務を黙々とこなすだけだ。寡黙な海の男たちの作業の邪魔にならないよう、私も淡々と彼らにレンズを向けた。一人で水中カメラを持って海に飛び込み、一人でサバニ(アギヤーに使用する舟)にはい上がった。
とくに海中では、大勢のウミンチュが周りにいても、いつも孤独だった。仮に私が潮流に流され遭難しても、漁を終えて寄港し、そこで初めてカメラマンがいないことに気付くのではないかと思うほど、己の仕事をこなすのが精一杯の様子だった。
こうして、漁労長やほんの一部のウミンチュとコミュニケーションをとるだけで、月日は過ぎていったのだった。
1945年秋田県昭和町(現・潟上市)生まれ。19歳のときに神奈川県真鶴岬で水中写真を独学で始める。撮影プロダクションを経て31歳でフリーランスとなる。1977年東京湾にはじめて潜り、ヘドロの海で逞しく生きる生きものに感動、以降ライフワークとして取り組む。数々の報道の現場の経験を生かし、新聞、テレビ、ラジオ、講演会と、さまざまなメディアを通して海の魅力や海をめぐる人々の営みを伝えている。主な著書に『全・東京湾』『海中顔面博覧会』、『海中2万7000時間の旅』などがある。主な受賞歴に、第13回木村伊兵衛写真賞、第28回講談社出版文化賞写真賞、第26回土門拳賞、2007年度日本写真協会年度賞など。
(日経ナショナル ジオグラフィック社)
[書籍『遙かなるグルクン』を再構成]
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