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独特な甲高い声とぬくもりのある九州弁でお茶の間の人気者だったジャパネットたかた前社長の高田明氏(67)。成功譚(たん)にしがみつかず、あっさりと会社を長男の高田旭人氏に譲り渡した引退劇は、世間にすがすがしい印象すら与えた。現在は通販でつかんだ「伝える力」を生かそうと、地方から日本を元気にしていくことを人生の新たな目標に掲げる。テレビ通販の顔だった、90秒にかけた男、高田明氏の連載をスタートします。

朝から晩までテレビの前に立ち続けて、瞬間、瞬間を全力で生き続けてきたビジネス人生でした。立ち続けてきた人生の中に学ぶものが多かった。私が得たものを挙げるとすれば、シンプルにそこなのです。長崎県の佐世保に小さなカメラ店をつくって、通販の世界に入ってジャパネットたかたを発展させたという30年間は何も特別なことではありません。今やらねばならないこと、必要なことを必死でやって、その結果として曲がりなりにもジャパネットたかたという企業を多くの方に知っていただけるまでに育ちました。

「明はまだ生きている」

創業期から朝早くから夜遅くまで瞬間、瞬間で考え続けてきた人生でした。現在、私が代表取締役を務めている「A and Live(エーアンドライブ)」の社名は生き生きした世の中をつくりたいとの願いを込めたネーミングですが、「明はまだ生きている」という意味もかけています。90秒という短時間に商品の良さを伝えることに人生をかけてきた私の歩みが読者にどれほど参考になるかわかりませんが、何かを感じ取っていただけたらこれほど幸いなことはありません。

ジャパネットたかた前社長 高田明氏

ジャパネットたかた前社長 高田明氏

私は今年、2016年の1月15日深夜12時を最後に通販番組のMC(司会)を降りました。昨年の1月15日に社長を退き、1年間は会社のサポートに回ったのです。現在、テレビの仕事はBS番組の「おさんぽジャパネット」に年10回程度出るだけです。

宮城・気仙沼でサンマを紹介したり、長崎・五島列島を歩いて特産の五島うどんを紹介したり。地方創生の一環として散歩の途中で目にした地域の良い商品、世間にあまり知られず眠っている商品を伝える1時間半の番組です。これまでに気仙沼(宮城、サンマ)、鯖江(福井、メガネ)、弘前(青森、リンゴ)、五島(長崎、うどん)、平戸(同、かまぼこ)などを訪れました。今治(愛媛、タオル)では市長ともお話ししました。地方に行ってその土地のいいモノに巡り合うとそれだけで日本っていいなあと、改めて感じます。

講演にも時々出かけます。よく取り上げるテーマが「伝えること」。伝えることの大事さというのを語りたいという気持ちからです。世の中に知られていないモノをどうすれば発信できるとか、伝えたいことが伝わらないとか、もどかしさや悩みを抱えている地方は多い。この問題は私がずっと考えてきた問題でもあります。視聴者に伝わらなければ商品を買ってもらえないわけですから。

どうやって自分の思い、考えを伝えていくか。伝えることの難しさを感じるのは別に通販にとどまりません。親子・兄弟の間でも、教育の世界でも、医療の世界(医師と患者さんの関係)でも、政治(国民や市民と政治家のあり方など)でも多くの場面で人々が困難を感じていて、それで私の話を興味深く聞いていただけるのだと思います。

モノを伝えるのではない

伝達力が弱くなっているとよく言われますが、伝えたいと思う気持ちを持つこと、伝える本気度が何より必要ではないでしょうか。政治家で言えば、世の中を変えたいのだと真剣に思って政策を訴えるべきです。通販の世界で商品の感動をもっと伝えたいと思うなら、まず自分を磨いて語り方を、しゃべり方を考えること。そうした向き合い方の先に、個人の成長があり、それが回り回ってお客様に受け入れられることにつながるのではないでしょうか。繰り返しになりますが、これがジャパネットでの私の30年間の仕事でした。だから「『伝えること』は本当に大事ですよね!」ということを講演などで皆様の前で語らせていただいているのです。

出演最終日に笑顔を見せる高田明氏と若手MCたち

出演最終日に笑顔を見せる高田明氏と若手MCたち

世の中には本当にたくさんの素晴らしい商品があります。それ以上に感動するのは、本当に多くの方が真剣にお仕事をされているということです。50年、100年と世代を超えて仕事を受け継いでいる人もたくさんおられる。映画「男はつらいよ」の舞台、柴又(東京・葛飾)を歩いた時、境内のお店の人に聞いてみたら皆さん3代目、4代目だったり、100年以上続いている団子屋さんがあったり、驚きの連続でした。

そういう、長年支持されてきた商品を見れば、モノがモノではなくなります。リンゴ園に行っても単にリンゴが甘くておいしいというだけでなくて、冬の寒い時から仕込んで、家族みんなで手塩にかけて育てていることを知ると見方が変わります。1本で600個のリンゴがなる木が何百本とある。リンゴをたわますために一個一個、手で回したり、日光が均等に当たるようにこまめに葉取りをしたり。リンゴ農家の苦労にはすごいものがあって、それはサンマを見ても同じです。海の男たちは命をかけて漁に出て、とった魚を食卓に送ってくれる。

このように、モノの価値というのは、真剣になればなるほど、価値が出てくるのですよ。家電などの大量生産品でも研究開発などで表からは見えないもの(情熱)が入っている。人を感動させる、そういう一瞬が感じとれる時がある。私はそういうものこそ伝えたいと願っています。おさんぽジャパネットを見てくださる方にはすごく感度が高い人が多く、購入して大事に使ってもらえる。「モノってこうだったんだ」と感じてもらうと何千個、何千枚と買っていただくことも珍しくありません。以前、番組で紹介した今治のタオルはバスタオル2枚で7500円。普通ならそんな高価なタオルは買わないでしょう。その価値というのはつくる側も伝えたいし、買っていただく人にもわかってもらいたい。だからこそ、売る側も伝える使命感、覚悟が要るのだと思います。

世阿弥の「風姿花伝」に共感

伝えるという意味で参考になるのは、室町時代に世阿弥の著した「風姿花伝」です。風姿花伝は650年前の単なる能の古典ではないです。現代人につながる言葉、ヒントが詰まっています。人間の本質とか、人間の考えというのはいつの時代も、何百、何千年の時空を超えて通じるものがあり、それを一冊の文献として世阿弥が残した。

世阿弥は何も世間一般に発信するためにメッセージを残したのではありません。能という芸術が100年以上続くよう、彼がその人生をかけて得た蘊奥(うんおう=奥義)を後世に残したのです。舞う人がどう舞えば、人に伝わるか、能にはどういう役割があるかなどが書かれています。それが現代の我々に普遍的なメッセージとして強く響いてくるのです。

同書で私が最も共感した教えは、人間は自己を更新し続ける努力を惜しむべきではないという一点です。何が大事かと言えば、謙虚さや真面目さです。

風姿花伝には「時分(じぶん)の花(はな)」と「まことの花」という言葉が出てきます。時分の花とは、若い人が持つ若さゆえの鮮やかで魅力的な花のことですが、盛りが過ぎると散ってしまいます。これに対し、まことの花とは日々の鍛錬と精進によって初めて咲く花を指します。人間は修行によって本当の花になって感動を与えられるようになる。

世阿弥はこの2つの花を間違うなと言っている。若い時分に脚光を浴びることを自分の本当の実力だと慢心するなかれというわけです。この教訓は今の我々が生きていく上でも当てはまる。「実るほど頭(こうべ)を垂れる」という成句がありますが、これも同じ趣旨のことを言っていますね。人生論として読めるのが風姿花伝の素晴らしいところです。

私は最初に読んだ時、スタジオでやり続けて学んだことと同じことが、はるか昔に書かれていたと感じました。その感動を全国紙のコラムで発信したところ、観世流の宗家から丁重なお手紙を頂きました。

世阿弥は3つの目が必要だと述べています。まず、自分がどう見るかという「我見(がけん)」。「離見(りけん)」は、他者の目線を意識する感覚です。政治家に例えれば、国民や県民はあなたを見ていますよ、ということです。そしてそういう姿を客観的に俯瞰(ふかん)して全体を見る力が「離見の見(けん)」。

この3つの目はビジネスの世界でも通用します。自分たちの考えだけでは世間には通らない。お客さんはジャパネットたかたを、そして高田明を見ているのです。それに応えていくためには、謙虚に忠実な気持ちで精進することが大切です。こういうことが650年前に書かれているのです。

夢を持ち続ける

世阿弥の考え方をビジネスに当てはめてみてください。業界の常識は消費者の常識ではないということを見失うと商品のガラパゴス化が起きるわけです。良かれと思って製品を作っても消費者から支持されない。常に消費者の動向や消費者の思いを見ながら商品開発をすべきであり、特に変化の速い現代ではそのマインドセットが必要であるということにつながります。現代の私たちの課題に引きつけて考える契機を与えてくれるところが風姿花伝の面白いところです。

まことの花を咲かせるために、夢を持ち続ける。そういう思いを人間は死ぬまで持ち続ける必要があるのだと感じます。私はジャパネットたかたの社長を退きましたが、65歳の時には65の初心があるし、70歳の時にはまた70の初心があるでしょう。夢を持ち続けていこうと思います。しかし夢を持ち続けるだけではまだ足りない。実現のために精進する。日々精進することこそ何より大事なことです。

高田明(たかた・あきら)
1971年大阪経済大経卒。機械メーカーを経て、74年実家が経営するカメラ店に入社。86年にジャパネットたかたの前身の「たかた」を設立し社長。99年現社名に変更。長崎県出身。67歳

(シニア・エディター 木ノ内敏久)

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