マネー研究所

定年楽園への扉

老後は「お金を働かせよう」というけれど 経済コラムニスト 大江英樹

2016/7/14

 「老後は積極的に投資をして、お金を働かせよう」とよくいわれます。特に金融機関は退職者に対するサービスを強化し、相談機能を充実させています。これは当たり前の話です。なぜなら定年退職者は金融機関にとっては最高のお客様だからです。

 一般的に企業を定年退職した人の多くは3つの特徴があります。

1)退職金というまとまったお金を持っている

2)金融知識がそれほど豊富にあるわけではない

3)でも「もうけたい」という欲はある

 いずれの特徴も金融機関にとっては顧客の資産をスムーズに取り込める要素ですから、当然ながら「退職後はお金を働かせましょう」といって投資信託の購入などに誘導するのは正しい戦略です。

 ところが、顧客の側から見ればどうでしょう。1月7日付「退職金は永年勤務のご褒美ではない」でも書いたように、退職時に豊富な金融資産を持っている稀有(けう)な人を除けば、退職金自体は老後の生活資金の一部です。決して「余裕資金」というわけではありません。したがって、退職金を使ってそれほどリスクを取る運用はできないと考えるべきです。もちろんリスク許容度は人それぞれですから、退職者でも大きなリスクを取る人はいるでしょうが、一般的には慎重を期すべきでしょう。

 また最近ではインフレの懸念がいわれることがあります。「インフレになると大変だから資産防衛のために今から投資をしましょう」というセールストークです。

 フローの収入である年金の考え方は「貯蓄」ではなく「保険」ですから、物価が上がっても現役時代の収入の一定割合を確保できるように設計されています。一方、ストックのお金は放っておくとインフレによって実質的な購買力が低下しまう可能性があり、退職者としてはこれを何とか避けなければならないところです。

 だからといって、退職金という貴重な老後生活の原資をまとめて投資してしまっていいわけではありません。インフレによる購買力の低下を防ぐということであれば、まずはじめに考えるべきなのは「個人向け国債」(10年変動金利型)や、来年から小口でも購入可能になる「物価連動国債」でしょう。

 退職金の運用は(1)安全性を優先して考える(2)将来の物価上昇に対して購買力を維持する――という課題を満たすことが求められます。その最適解が、個人がインフレに対応できるよう設計されているこれらの金融商品ではないかと思います。

 その上で、ある程度リスクを取れる人であれば株式で国際分散投資をするのがよいでしょう。その場合は投資信託を使うのも有効だと思います。いずれにしても金融機関に勧められるがままに、まとまった退職金を単一の金融商品に投じてしまうことは避けるべきです。

 巨額の金融資産を保有していて退職金は余裕資金という人であれば、投資の自由度は高まるでしょうが、そんな人はほとんどいないはずです。だとすれば一度に投資するようなことはせず、適切な場所にお金を置いておくことが大切なことだと思います。

 私自身、会社を退職して4年が過ぎますが、実感するのは常にある程度のキャッシュ(預金やマネー・リザーブ・ファンド=MRFなど)を持っていることが大切だということです。そうすれば気持ちの上で余裕ができます。自分自身では一定のリスクを取れる範囲内で株式投資もしていますが、常に多めにキャッシュを保有するようにしています。そうすれば昨年のチャイナショックや今回の英国の欧州連合(EU)離脱ショックのように相場が大きく下がったときに株式を買うことができるからです。

 「お金を働かせよう」というのは何となく聞こえがよい言葉ですが、“おカネ君”が常に気持ちよく働いてくれるかどうかはわかりません。無理をしてお金を働かせるのではなく、退職者にとってはそれぞれが取れるリスクの範囲で働かせる姿勢が大切でしょう。

 「定年楽園への扉」は隔週木曜更新です。次回は7月28日付の予定です。
大江英樹(おおえ・ひでき) 野村証券で個人の資産運用や確定拠出年金加入者40万人以上の投資教育に携わる。退職後の2012年にオフィス・リベルタスを設立。行動経済学会の会員で、行動ファイナンスからみた個人消費や投資行動に詳しい。著書に「定年楽園」(きんざい)など。近著は「投資賢者の心理学」(日本経済新聞出版社)。CFP、日本証券アナリスト協会検定会員。
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