妻が怒り出す理由がわかりません
著述家、湯山玲子
日本にはキレる人が蔓延しています。ずーっと怒りをためておいて、コップの縁から水がこぼれるように、限界がくると外部に暴言、暴力をふるって発散するという作法がすなわちキレる、ということ。キレた方の理屈は「これだけ我慢をしてきたのに、アンタ(外部)は察してくれなかった」というもの。キレられた方も「察してあげられなかった自分たち悪かったかもしれん」と心の片隅で思ってしまうので、「キレる」は世の中に存在し続けるのです。
そういう意味で「キレる」は赤ん坊の大泣きと同じ。赤ん坊は言葉がしゃべれないので、不満を親が「察して」あげるほかはない。言葉が話せて説得だの交渉ができるはずのオトナがキレるのは、まあ、コミュニケーションが赤ちゃん並み、ということ。相談者の妻も相当不満がたまっている様子。妻の話を聞きアドバイスをする、という正攻法をとり、ことごとく失敗していますが、それは彼女の求めている対応ではないのです。
彼女が伝えたいのは「察しろ」ということ。ならば、彼女の察してほしい不満は何か。それは「私は周囲の期待通りに、自分よりも家族や夫のため尽くしてきたのに全然幸せじゃない。ご褒美がない」というあたりでしょう。ちなみに大学の同級生同士で結婚し、出産でキャリアを断念した妻を持つ友人は、妻からの「私が我慢したからアンタの今があるんでしょ」的な言葉の暴力に音をあげています。結婚もせず好き勝手やってきたような女たちの方が、生き生きしているというような現実も目にしていて、比較対象がいるだけに妻たちの悩みは深いのです。
要するに妻は中年期になり、自分の生き方を自分で決めたいのにどうしていいかわからない、と青年のような悩みの最中にいるのだと思います。もしかしたらヨガにハマり「インドで修行をしてみたい」などという欲望があるのかもしれない。しかし、多くの妻は夫を含む世間からの風当たりを見越して抑圧してしまう。抑圧がたまれば、夫がはけ口になるしかない。
相談者がすべきことは、今まで妻が行ってきた察する行為を妻に全力で行うこと。いわば「察する」の倍返し。たとえば「ヨガを本格的にやりたいならインドに修行に行ってきなよ」のようなズバリのひとことが言えるかどうか。彼女が苦しんでいることの本質は何か、彼女の性格ならばどういう生き方をすれば輝けるのか。タレントのマネジャーか、アスリートのコーチのようですが、中年期からのビビッドな夫婦関係の醍醐味はまさにそこなのだと思います。
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[日経プラスワン2016年7月16日付]
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