やばい! 「おばあちゃん」は出題ミス?
立川談笑
落語の前にする雑談をマクラといいます。これは師弟が毎週順繰りに雑談を披露する、いわばマクラ投げ企画です。今回は共通テーマを「おばあちゃん」と設定しました。
我々の世界で「営業」という言葉があります。厳密な定義はありませんが、小規模なイベント出演などを指す言葉です。たとえばイベントや結婚式の司会だとか。また、落語の出演だったとしても社内研修だとか幼稚園児相手だったりとか。いつも通りの仕事をいつも通り済ませるといった雰囲気があります。
そんな「営業」の話。
先日、とある年輩の女性から電話がありました。
「ある化粧品会社で社員さん向けに毎月イベントをやってて、50人くらい集まるんだけど、そこで落語をやってもらえないかしら」
私はこの依頼を、詳細な条件も聞かずに二つ返事でお引き受けすることにしました。というのも、このSさんとは私の母の古いお友だちなのです。親がらみで、ご年輩のレディーが2人とあっては条件も何もありません。喜んでうかがいますとも。お安い御用です。
これはもう、小規模な営業の典型です。落語会が初めてでも大丈夫。こちらが慣れていますから。事前に電話やメールで高座回りや進行を確認しておきます。そして当日になったら私が単身現場に乗り込んで、最終チェック。出ばやしのCDや高座の座布団は、私が持参します。
開演になったら前座もなしに私が高座に上がって、面白いマクラで和んでもらって、手堅くウケる落語を2~3席バッチリ披露します。大いに笑って「あぁ、落語って楽しいわねえ」とお開きになる。よかったよかった、となるはずでした。ところが、今回はそんな気楽な「営業」にはなりませんでした。
「じゃあ、後半は大喜利にしましょう。回答者は社長さんと社員さんたちで、司会は私が務めるということで」
打ち合わせの席で、気が付くと私はとんでもないことを口走っていました。だって、そんな流れになっちゃんたんだから仕方ない。素人が客の前で、大喜利。しかも予定時間はたっぷり40分。これは、ありえない。それでも、その場のみなさんの前向きな姿勢に感じるものがあったのです。無茶だけど、楽しくなりそうな予感。でも、無茶。
回答者は、ご年輩の男性である社長さんと、女性が3人。女性はご年輩と、お嬢さんと、お嬢さん。このうち、ご年輩の女性Nさんが鍵というか台風の目というか。とにかく、すごかった。
さあ、ここから素人相手に大喜利のレクチャーが始まりました。化粧品会社の会議室で何やってるんだ、自分。いくつも例を挙げて、あんな出題こんな回答と、発想のコツなどを根気よく説明しました。もともと落語が大好きだという社長さんと、お嬢さんたちは意外とすんなり理解しているようですが、難関はやはりご年輩のNさんでした。
「ん? ちょっと待って。ごめん、わかった。あー、なるほど! ……どういうこと?」
わかっているのか、いないのか。Nさんが口を開くたびに、その場はどっと笑いに包まれます。
ここで、もっとも手こずったのはしゃべるタイミングです。素人だから仕方ないのだけど、特に念入りに練習しました。
「できた方、いらっしゃいますか?」
「はい」
「おお、たくさん手が上がりましたね。では、○○さんお願いします。」
「『○○とかけまして、○○と解きます』」
「ほう。『○○とかけて、○○と解く』。そのこころは?」
「○○○○○○○!」
と進めたいところを、
「では、Nさん」
「○○とかけて○○と解く、そのこころは○○!」
と、一気にすべて言ってしまうというのが困りました。観客の皆さんにいったん考えてもらって、頭の中に「どういうことかな? の疑問符」がしっかり刻まれたところで、その後にオチを言いますよ、と。赤ちゃん相手の「いないいない……ばあ」も間をもたせるのが大事ですよね。「いないいないばあ」では赤ちゃんも泣きやみませんよね。とまあ、そんな話をしたわけです。立派な会議室の片隅で。
そして当日です。会社内にあるサロンにつめかけたお客さんは9割がたが女性でした。そうか、化粧品会社だものなあ。高座もその周辺のしつらえも、完璧な出来です。
前半の落語部分を終えて休憩時間。控室では、社長さんをはじめ、お嬢さんたちもNさんも素敵な和服姿で、準備万端でした。それでもさすがに皆さん緊張の面持ちです。
「大丈夫です。仮に、ひとつも答えられなくても大丈夫。それはそれでプロの私がフォローしますから。ちょっとした緊張感をたっぷり楽しんでくださいね」
そして幕を開けた素人大喜利大会。結論から言うと、底抜けに楽しかった! そのときの回答をほんの少しだけ紹介します。
「なぞかけ」の中から。お題は「リオ五輪とかけて」。
「離陸直後の飛行機」と解きます。
そのこころは→「期待(機体)が高まります」
「手作りヨーグルト」と解きます。
そのこころは→ 「菌(金)が増えるのが楽しみです」
「ボディビルダー」と解きます。
そのこころは→ 「金取れ(筋トレ)、金取れ!」
「近藤春奈さん」と解きます。
そのこころは→ 「リオでじゃねーよ!」
最後のネタで、お笑いコンビ「ハリセンボン」の近藤春奈さんばりに絶叫してみせたのは、なんとあのNさんでした。はじけてたなあ。大喜利の半ばから、Nさんのあだ名は「天才」でしたから。いやあ、笑った笑った。ひたすら楽しい時間でした。
ご年輩の女性にはとっても愛らしくてチャーミングな人って、いくらもいらっしゃいます。とても「おばあちゃん」とは呼びづらいというのが、この原稿を書いている上での実感でした。なんだか「ご年輩」ってフレーズばっかりじゃねえか、と。その意味では出題を間違えましたね。大喜利から勉強し直しますか。
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次回は「暑い! 暑いよ!」をテーマにしよう。笑二からよろしく。
(次回7月13日は立川笑二さんの予定です)
<今後の予定>独演会は7月13日、8月17日、の予定。吉笑(二ツ目)、笑二(同)、笑坊(前座)の弟子3人とともに武蔵野公会堂(東京都武蔵野市)で開く一門会は7月28日の予定。
立川談笑HP http://www.danshou.jp/
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