対話ロボット、あえて「ペット以上人間未満」に
富永朋信の「売れる理由は必ずある」
こんにちは、プロフェッショナルマーケターの富永です。
2014年にソフトバンクが「Pepper」を発表して以来、比較的手ごろな価格の人工知能搭載ロボットがいくつか登場しています。
その一つに、UBICの人工知能エンジン「KIBIT(キビット)」を搭載したロボット「Kibiro(キビロ)」があります。Kibiroはユーザーとの対話やメール、チャットアプリなどによるテキストでのコミュニケーションを通じ、嗜好を理解し、それに合わせたリコメンデーションをしてくれます。
その内容はかなり柔軟かつ自然で、例えば
ユーザー: 明日の飲み会の場所、どこかいいとこないかな?
キビロ: 先週はインド料理だったから、明日は担々麺の有名な四川料理のA店でどう?
といった具合です。
人同士のコミュニケーションであれば何も特別なことのない普通のやりとりですが、ロボットが相手であることを考えると、けっこうな驚きなのではないかと思います。
なぜなら、この会話は、
・先週の飲み会の場所はインド料理だったという「事実」
・ユーザーはスパイシーな料理を好むのではないかという「推理」
・スパイシーな店でインド料理とカブらないもの=四川料理、韓国料理という「概念的理解」
・そのなかのひとつである四川料理の中で、ユーザーの好みに合いそうな店の「抽出」
・そのなかで評価の高い店の「抽出」
といった複雑な理解やプロセスを下敷きにしており、あらかじめ与えられたプログラムに基づいて動くというロボットのイメージと比べて、かなり高い認知的な能力が感じられるからです。
また、このコラムのビッグデータの回でも少し触れましたが、通常のEコマースなどで見られるリコメンデーションの仕組みは「協調フィルタリング」と呼ばれる、
・商品Aを購入する人全体を見ると、高い確率で商品Bも購入している
・したがって、この人に商品Bを薦めたら購入に至る確率が高いと思われる
つまり、シンプルな購買履歴に基づくAとBとの関係など、意味的な要素には特段注意を払わない機械的なものであることが多く、その点からもKibiroのリコメンデーションは質的に違うように感じられます。
その「違い」の感覚をもたらしているのは、大きく
(い)意味の理解を前提にしたリコメンデーション
(う)ユーザーの嗜好の理解
の3点ではないか、と考えます。
そこで、これらのことが技術的に達成された背景を探るべく、Kibiroの開発元であるUBICで話を伺ってきました。
「言葉の重み付け」で人間的コミュニケーションを実現
UBICはKIBITを用い、不正の発見や未然防止など、法務分野でコンピューターによる分析・解析サービスなどを提供しています。
例えば、企業内部から外部への情報漏えいを例にとって考えてみましょう。
通常、社員が情報漏えいや談合など、問題のある相手とやり取りする場合、当然ながらメールなどでは不正の内容自体には触れず、飲み会の設定という形から始まることが多いそうです。そこで、まず過去に不正があった"飲みメール"のやり取りを人工知能に覚えさせ、外部とやりとりされた全メールの中から解析。飲み会と似たようなやりとりを行っているもの、「飲み」などの言葉を含むものを抽出します。
そうすると、不正には全く関係のない大多数のメールと、不正に関係するごく一部のメールが同列にリストアップされます。この2種類を人手で選別しようとすると、少なくともリストアップされた全メールの読み込みが必要ですし、不正そのものには触れていないが怪しいものを文脈を頼りに抽出するという大変な作業が必要になります。
ところが同社は、これらをメールの文中の「言葉の重み付け」という考え方で自動的に仕分けることができるといいます。言葉の重み付けとは、文の中における「飲み」や「飲み会」以外の語の位置、それぞれの語の登場する頻度、語と語の関係などを基に行われ、そのメールに託された意図や文脈から、ただの飲みか不正につながりそうな飲みかを判別できるとのこと。例えば、「個室で」「そろそろまた会いましょう」「xxさんにもお声がけお願いします」といった語・表現が入った飲みメールは、クロに近いケースが多いそうです。
話をKibiroに戻しましょう。ここで蓄積された技術が、Kibiroの
(い)意味の理解を前提にしたリコメンデーション
に結実しています。
通常、人間が発する言葉、特に話し言葉は、語の省略や倒置、論理の破綻、2つ以上の命題の同居などにより、必ずしも完全に論理的にはなっていません。こういった問題点を、人間同士なら聴き手の知識、話し手と聴き手が共有する背景、聴き手による推理および不足部分の補完といった人間独自の認知的作業により解決し、コミュニケーションが成立します。
これまでのコンピューターにはこのような認知的な機能はなかったので、人間とコンピューターの間でこのようなコミュニケーションを行うことは不可能でした。しかし、Kibiroは言葉の重み付けをベースとした技術によってそれを実現している、というわけです。
なぜコミュニケーションに「テキスト」が必要なのか?
次に、(う)人間の嗜好の理解 についてです。Kibiroはこれを実現するために、
(B)ユーザーの好みを蓄積し、教師データとしてクラウド上に持つ
ということをしています。
(A)ユーザーの好みを聞き出すというのは受動的なコミュニケーションに応えるだけでなく、積極的に質問する機能です。例えば、Kibiroのほうから「今週末、映画でも見に行ったらいいんじゃない? どんな映画が見たい?」などと聞いてきて、ユーザーの好みを引き出すのです。
こうして引き出した回答や通常のコミュニケーションを通じて得られたユーザーの好き・嫌いの中から共通する属性やタグを抽出し、どんな特徴を持つものがこのユーザーは好き・嫌いなのかというデータベースを蓄積するわけです。それが(B)の教師データです。
このような過程を経て、Kibiroのレコメンデーションはユーザー向けにカスタマイズされ、その精度を上げていきます。そしてこのサービスを通じ、ロボットをB to Cマーケットで普及させていきたいというのが、UBICの戦略です。
先方の説明からここまでは理解できたのですが、一つの疑問が浮かびました。
「Kibiroとのコミュニケーション経路として、メールやチャットアプリでのテキストが準備されているのはなぜだろう」という疑問です。というのも、ここまでインタラクティブなコミュニケーションを前提としているならば、発話でのやりとりを基本前提としたほうがKibiroに対する感情移入も進み、ユーザーにとってより大切な存在となるはずだからです。
それに対し、UBICの武田秀樹CTO(最高技術責任者) は「音声認識の精度」という問題点を指摘しました。例えばiPhoneに装備されている「Siri」に代表されるように、現行の音声認識の技術は相当成熟しているような印象を受けます。しかしSiriのような機能が期待通りに動くためには、スマートフォン(スマホ)でそうしているように「マイクに近いところでしゃべること」が極めて重要だそうです。
ロボットとユーザーがコミュニケーションするときはスマホのように顔を密着させて発話するわけではないので、それだけで聞き取りの精度が大幅に落ちてしまい、その影響はかなり大きいとのこと。それが、Kibiroとユーザーの主要なコミュニケーション経路としてメールを準備している主な理由というわけです。
あえて「ペット以上、人間未満」のワケ
それから、人はスマホを「会話できる相手」とは思っていないので、Siriのような機能を使う際も無意識的にゆっくりしゃべる傾向があるそうです。一方、ロボットに対しては特段ゆっくりしゃべったりはしないので、スマホと比べて聞き取り精度が低くなってしまうとのこと。
この点は、Kibiroがユーザーと円滑にコミュニケーションを行ううえでとても重要。そこで、UBICではKibiroのコンセプトを「ペット以上、人間未満」とし、ユーザーから音声認識に対して過度に期待されることなく、人間相手と同じ調子で話し掛けられることを回避しているそうです。Kibiroの顔、感情とリンクしたジェスチャー、衣装などは全てこの考え方で設計されており、たしかに私もKibiroに対してはゆっくり話しかけていました。
これは、Kibiroの機能とコンセプト、デザインを統合し、ユーザーとの関係性を適切に構築するための極めて洗練された手法だと感心すると同時に、新しい商品を開発・商品化するときに必ず考慮すべき重要な戦略要素であると強く感じました。
最後に、Kibiroのマーケティングを考えていくうえで、要諦であると思われるポイントを指摘して筆を置きましょう。
それは「ペット以上、人間未満」という卓越したコンセプトを厳守するということ。Kibiroはその機能上、B to Bマーケット向けに、例えば街中のガイドや店頭のコンシェルジュといった使い方をすることも可能です。むしろ消費者の初期認知を獲得するため、積極的にこのような利用が進められることも考えられます。
しかし、これらのサービスは街や店頭のスペシャリスト、プロフェッショナルという性格を帯びていますので、「人間未満」というコンセプトと整合しません。そうなってしまうと、ゆっくりと話しかけてもらいにくくなり、Kibiroのせっかくのコミュニケーション機能が正当に評価されない恐れがあります。
ですので、コンシェルジュ的にやむなくKibiroを使う場合は「新米コンシェルジュ」などと表現したり、家庭向けだということを明確にしたりなどの配慮が必要になると考えます。かわいいKibiro君の将来は黎明(れいめい)期、すなわち現在のマーケティング次第であるといえるでしょう。
プロフェッショナルマーケター。日本コダック(現コダック)、日本コカ・コーラ、ソラーレホテルズアンドリゾーツ、西友などでマーケティング関連の職務を歴任。日本コカ・コーラではiModeでコカ・コーラが買える自販機システム「Cmode」の立ち上げを担当。それ以来、「購買=ブランド選択+チャネル選択」という式の解を模索し続けている。西友では同社のイメージを一変させるキャンペーンを連発した。ブランドの構造はカテゴリによって違うことに気付き、全てのカテゴリのブランド構築に対応できる方法の開拓に頭を悩ませている。座右の銘はたくさんあるが、今のお気に入りは「過ぎたハンサム休むに似たり」「渾身のアイデアは全てを解決する」。
[日経トレンディネット 2016年6月6日付の記事を再構成]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
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