マネー研究所

カリスマの直言

金融緩和より大切な経済格差の是正(渋沢健) コモンズ投信会長

2016/6/27

「英国のEU離脱か残留かについての激しい議論はヒト、モノ、カネの移動の自由とその弊害の問題だけでなく、経済格差という世界に共通する本源的な問題も浮かび上がらせた」

 英国の欧州連合(EU)離脱を巡る国民投票は離脱派の勝利に終わった。事前には残留派が有利との見方があっただけに、しばらくは世界のマーケットの混乱が避けられないであろう。英国での離脱か残留かについての激しい議論はヒト、モノ、カネの移動の自由のメリットとデメリットの問題だけでなく、経済格差という世界に共通する本源的な問題も浮かび上がらせた。

 英国は欧州の通貨ユーロを採用せず、自国通貨ポンドを維持した。だから、自分たちは他の欧州諸国と異なるという自負があるのかもしれない。そういう意味ではそもそも欧州のように多様な文化・国民性が混在している地域に、ひとつの通貨と金融政策という設計に無理があるのかもしれない。

 1980年代に日米と比べて停滞気味であった欧州経済は、99年にユーロの発足で経済圏を統一したことにより、勢いをつけて過去15~20年間ぐらいは順調に成長した。域内のヒト、モノ、カネの移動を自由にすることで、経済を底上げできた。しかしながら、移民の増加は社会の摩擦を強めるなど、成長の恩恵は国々の間、民族の間、知的上流層と労働中流層の間で異なり、格差が生じた。格差を感じると人々は不満になる。

 統一されたマネーから生じた経済格差の不満を埋めるために欧州が頼った術はマネーの量を増やすことであった。しかし、マネーの量をいくら増やしても、格差が縮まることはなかった。国や社会の各層に対して成長の分配が偏っていたことが今後の成長持続を脅かしている現象は欧州に限った現象ではなく、米国のトランプ現象、中東のイスラム系過激派組織、そして日本における政治への不満にも共通する。

 金融緩和というモルヒネに慣れてしまうとモルヒネがなかなか効かなくなってくる。だからモルヒネの量をもっと増やしてくれという叫び声が上がる。ただ、モルヒネを打つことは、対症療法にすぎない。根本的な治療を避けているだけだ。治療をおろそかにしたままモルヒネの量だけを増やした患者はいずれ限界が来るだろう。

 現状を維持するためにはやむをえないかもしれない。けれども根本的な問題を置き去りにして金融政策に頼るだけではやがて行き詰まるだろう。根本的な問題とは格差を是正して次世代に明るい未来を残すということだ。

 日本では今夏から18歳以上の若者たちに選挙権が与えられた。彼らは自分の将来の生活が明るいと期待しながら票を投じるであろうか。日本が抱える大きな経済・社会的問題のひとつは、世代間の格差だと思う。

 しばしば若者たちが「将来、年金が無くなる」と口にする。しかし、日本の公的年金制度は「賦課方式」だ。現在の年金支給の財源は原則として過去の積立金ではなく、働いている現役世代から徴収する年金保険料である。したがって、年金が「無くなる」ことはない。

 正確にいうと、年金が無くなるのではなく、将来の年金支給が減るか、現役世代の負担が増えるか、あるいはその両方である。このような未来が訪れることは日本社会の人口動態から明らかだ。

2014年ノーベル平和賞受賞者のカイラシュ・サトヤルティさんと都内で。今まで8万5千人ほどの子どもたちを児童労働から救った信念、そして温厚な笑顔に感銘を受けた

 団塊の世代から上の世代は高度成長期に現役として恩恵を受けたため、それほど意識せずとも老後の資金が世代として確保できている。また、この世代に支給される公的年金の財源は人口が多い40歳代半ばの団塊ジュニアが現役として働いて稼いでくれる。一方、団塊ジュニア以降の若手世代が年金受給者になる頃、働いて稼いでいる現役世代が現在と比べると半減し、年金財源も激減する。

 また、年金制度の土台(1階部分)となる国民年金は全国民共通であるが、その他の年金は会社員、公務員、自営業、専業主婦など、それぞれの立場によって異なる。会社員や公務員は2階部分の厚生年金があるし、大企業などの会社員は3階部分の企業年金が用意されている。平たくいえば、日本人の年金制度にはデコボコ感がある。このデコボコ感を和らげる自助努力も必要であると思う。

 日常の食生活で不足しがちな栄養素を補助するサプリメントのように、これから社会進出する若者や現役世代には「年金サプリ」という概念も必要ではなかろうか。

 年金サプリのひとつの例は未来の老後の生活資金を意識的に積み立てる投資だ。政府だけに富の再分配を任せるのではなく、自分の未来を保障する自助努力の意識がますます重要になってくる。

主宰している経営塾「論語と算盤」のOBOG会の合宿を青森県三沢市の「青森屋」で開催した。創業者の杉本行雄氏が書生としてお世話になったお返しに、取り壊しが決定していた旧渋沢邸を1991年に移築した

 年金サプリを後押しする重要な法律が先月衆院本会議で可決・成立した。改正確定拠出年金法(改正DC法)だ。2001年にスタートしたDC法の抜本的な改正を伴うものであり、これまでは自営業者や一部の会社員に限っていたDCを来年1月から主婦や公務員も活用できる。これで実質的に全ての現役世代がDCを使えるようになる。

 15年の歳月を経たDCであるが、企業型の加入者はおよそ550万人だ。これは就業者の6400万人の8.5%にすぎない。一方、1978年にDC制度が法制化された米国では8560万人、およそ7割の就業者が加入している。金額ベースでは確定拠出型の企業年金である401kの資産だけで5兆ドル(500兆円超)も積み上げている。

 明るい将来のための年金サプリを税制面の優遇という側面からも後押しする制度がそろい始めている。後は若手・現役世代があきらめの境地から脱してマインドセットのスイッチを自身で入れるかだ。将来の社会保障制度のあり方を政治家たちがどう説明しているかを聞き、ぜひ選挙に足を運んで一票を投じてほしい。

渋沢健(しぶさわ・けん) コモンズ投信会長。1961年生まれ。83年米テキサス大工学部卒。87年カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)MBA経営大学院卒。JPモルガン、ゴールドマン・サックス証券、大手米系ヘッジファンドを経て、2001年に独立し、07年コモンズ株式会社(現コモンズ投信)を創業、08年会長就任。主な著書に『渋沢栄一 愛と勇気と資本主義』 (日経ビジネス人文庫、2014年)『運用のプロが教える草食系投資』(日本経済新聞出版社、2010年)『渋沢栄一 100の訓言』(日経ビジネス人文庫、2010年)『日本再起動』(東洋経済新報社、2011年)『渋沢栄一 100の金言』(日経ビジネス人文庫、2016年)など。

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