現代美術・河井美咲さん 母の手製人形を原点に世界へ
北欧デンマークの人気インテリア雑貨ブランド「フライング タイガー コペンハーゲン」が、2016年4月29日から同ブランド初となるアーティスト・コレクションを発売。企画からデザイン監修まで携わったのは、米国やスウェーデンの名だたる美術館での個展経験をもち、現代美術界の第一線で活躍している日本人アーティストの河井美咲さんです。
「面白いもの」を見つけると、大阪の血が騒ぐ
―― ひとたび目にするとその色遣いがいつまでも記憶に残るような、シンプルでいて強いインパクトのある絵や立体作品は、見る人を楽しい気持ちにさせ、子どものように純真なワクワク感を呼び起こしてくれます。河井さん自身は、どんなお子さんだったのでしょうか。
母が舞台美術や人形劇の活動をしていて、私が小さいころは家で人形をよく作っていました。劇で使う手作りの物や人形に囲まれて育ち、物心ついたときからジャンルを問わず、「作る」ことが大好きでした。ノリ&ツッコミがごく日常にある大阪の街。小学校の先生の似顔絵や面白いと思ったものを絵に描いて、友達に見せるとみんなにウケました(笑)。
自分が作ったものを見て、周りの誰かが喜んでくれるということがすごくうれしくて、高校卒業後の進路は迷わず美術系の学校へ。当時の「このままずっと楽しく作り続けていきたい」という思いが今も続いている感じです。実際に日常の中で「おもしろいやん!」と思ったものを掘り下げていったら作品になった、ということも多いですね。
―― 大阪弁のイントネーションにぐっと親しみを感じます(笑)。当時から、日本の枠にとらわれず、いつか世界で活躍したいという目標があったのでしょうか。
いえいえ(笑)。具体的な野望は全く持ってなくて…… 短大卒業後の進路を決めるとき、周囲が就職活動をする中で「私はこれからどうしようか」という思いもあったのですが、「自分が好きなものを、楽しく作り続けたい!」という軸は変わらず、アートの道で生きていきたいと思いました。アートでハッピーに生きていく道を模索する中で、卒業後にはトルコやネパール、タイなどの海外へも何度か旅をし、カラフルで力強い、民族的な色遣いに刺激を受けましたね。
もともと旅は好きなのですが、道を歩いていても人から気軽に声を掛けられやすいみたいで(笑)。偶然知り合った大道芸をしている知人が当時カリフォルニアに住んでいて、20歳のときに数カ月遊びに行くことになりました。カリフォルニアで滞在していたときに道端で出会ったおじさんが私の活動を知って、ある日「アーティストなんだったら、ぜひニューヨークへ行ったほうがいいよ」とアドバイスをくれたんです。ニューヨークといえば、ソーホーやMoMAなど確かに街中がアートだ!とビビッときまして、21歳のときに初めてニューヨークへ行きました。
―― 海外に頻繁に行かれていたということは、語学学校や独学で英会話の勉強をされていたのですか。
それが、当時、英語力はほとんどゼロレベル。実際は、何となく「こう言ってるのかな」と思っていたことが、実はお互いに違うことで盛り上がっていた、なんていうこともあったかもしれません(笑)。現地でのコミュニケーションは、ボディーランゲージや絵が中心でした。細かな部分は分からなくても、日常的な会話で苦労したことはありませんでしたね。
21歳で単身ニューヨークへ。路上販売からスタート
―― 1999年、21歳で単身ニューヨークへ。"まずはアートの街へ"といっても、頼るツテもなく、初めての街への不安はなかったのでしょうか。
当時は「最先端のアートの街で、作品を通じてコミュニケーションしたい」という思いだけが頭にあって、失敗したときのことは全く考えなかったんです。渡米はそれまでの旅の延長線上にあって、今思えば、若さゆえです(笑)。もちろん渡航資金が必要ですから、カリフォルニアからの帰国後、アミューズメントパークなどでアルバイトをしながら、渡航・滞在資金をためました。
初めての滞在は3週間。知り合いもいないので、ユースホステルに泊まりました。ニューヨークの路上では、至る所でスケッチブックに描いた絵画などを売っていたりするのですが、街を巡っている中で、私と同じようなアーティストの卵が集まり路上販売をしている場所があったので、私も紛れ込んでみたんです。
―― それは、とてもいい目のつけどころですね。 世界中から才能が集まるニューヨークでの路上販売はどうでしたか。
とにかく新しい出発にワクワクしていました。ホームレスのおじさんなど、いろいろな人が声を掛けてくれました。声を掛けてくれる人がいたり、同じようにアート活動を行う若手作家との交流もできたり、自分が描いた作品を通じて一期一会のコミュニケーションができることが私にとってエキサイティングな体験の連続で、大きな喜びでしたね。
―― 滞在中には、思わぬビッグネームとの出会いもあったとか。
ある日いつものように路上で絵を売っていたら、「あなた、面白いことしているわね」と一人の女性が100ドル分も作品をまとめて買い上げてくれたんです。まさかの大金にびっくり! 感謝の気持ちを伝えつつ、その人の名を「キキ」と聞いて「キキという名前は、かわいいネコちゃんみたいですね」と伝えたんです。
後から知ったのですが、彼女は著名な彫刻家、キキ・スミスさん。「あなたはドローイング(絵)を描きますか?」と聞いたところ、「いいえ、私は立体作品を作っているのよ」とキキさん。現地のアーティストに詳しくなかった私は、彼女に「でも、絵も楽しいよ。ぜひトライしてみて」とおすすめしたのを今も覚えています。「いつでも電話して」とキキさんから連絡先をもらい別れた後、「あの人誰だか知らないの?」と、その様子を見ていたアーティスト仲間達にびっくりされました。
―― キキ・スミスさんなどとの出会いを通じて、程なく河井さんの絵の魅力は、他のアーティストやアートディーラーの間に広まり、ニューヨークでの本格的な活動のきっかけになりました。
キャリア上の大きな転機を1つ挙げるなら、ニューヨークで当時コンテンポラリーアートのキュレーターだったケニー・シャクターさんとの出会いです。ニューヨークで活動を始めて3年目の2002年に「ケニー・シャクター・コンテンポラリー」でグループ展に出品する機会を得て、立体作品の人形『Tree House』やインスタレーション作品を発表しました。
このTree Houseが人気で、現地のメディア『ニューヨーク・タイムズ』でも大きく取り上げていただき、翌2003年にはP.S.1現代美術センター(現P.S.1 MoMA)で初めての個展を開催。その後もギャラリーや美術館などからオファーをいただき、各地で創作活動をしてきました。
―― 2011年にはスウェーデンのマルメ美術館でグループ展を開催。当時の展覧会のキュレーターだったヤコブ・ファブリシャスさんが、後にデンマーク美術館に勤めるようになりました。ヤコブさんが携わった新たな取り組みが、デンマーク「フライング タイガー コペンハーゲン」でのアート×日常(プロダクト)のコラボプロジェクト。そこで白羽の矢が立ったのが河井さん。記念すべき大きなプロジェクトを、夫であり、河井さんのマネージメントも務めるジャスティンさんと共に形にしました。
ジャスティンさん: まずデンマークから電話があり、フライング タイガー コペンハーゲンの責任者とデンマーク美術館のヤコブさんがニューヨークの美咲のところまで訪ねてきてくれました。僕が思っているフライング タイガーのテーマは「PLAYFUL=遊び」。そして、美咲の作品の特長でもある、"日常"の中にあるデザインと遊び心。求める世界観がお互いにぴったりだったんです。
河井さん: とても心の温かい人達で、ヤコブさんを通じて既に作品や私のキャラクターは伝わっていたこともあり、初めて会った気がしないほどすぐに意気投合しました。ミーティングの当日夜には、4人でニューヨークの卓球バーへでかけ、ジャズの生演奏をBGMに4人で盛り上がったのがいい思い出です。
―― 2016年4月末から発売スタート。コラボ商品は、ヨガマットや積み木パズル、トランプ、iPhoneカバー、縄跳びなど、遊び心がありつつ実用性の高いラインアップで、子どもから大人まで世代を問わず引きつけています。
河井さん: 責任者の方からは「何でも作っていいので、作りたいものを教えてほしい」と言われました。手始めに6個くらい作ろうかとジャスティンが話していたのですが、このコラボが楽しくて仕方がなかったので、自分がほしいもの、作りたいものを考えていくうちに、30個以上もアイデアが出てきて絞るほうが大変でした(笑)。今回、日本では26種類展開しています。
ジャスティンさん: もともとベースの形が決まっているものにただプリントをするのではなく、美咲ならではの色とデザインを大切にしたかったんです。そういった部分も、制作側と丁寧に調整しながら、イメージ通りのものができましたね。
グローバルに活躍するための成功の秘けつとは
―― コラボ商品のプロジェクト期間に、長女・歩虹(ポコ)ちゃんを妊娠。おもちゃやエプロン、ヨガマットなど、プレママならではの思いと感性が生かされています。
「大人も子どもも一緒に楽しめるように」という思いがあって、例えば、トートバックには隠しアイテムとしてぬいぐるみが入っていたり、縄跳びやミニカー、親子おそろいのエプロン、パズルなどは、自分が子どもと一緒に使っているところを想像しながら作ったりしました。
―― 河井さんは、その時々の出会いを大切にし、今を精いっぱいに楽しむことで、順調に次のキャリアへつながっているように感じます。グローバルに活躍するための成功の秘けつを教えてください。
大きな目標を持つ、綿密に準備するなど、表現や成功へのアプローチは色々あっていいと思います。ただ、私の場合は先を計算したり、大きな夢に向かって戦略的にアプローチしたりするということが得意ではなくて……。
やりたいことがあったら、小さな一歩でもまず進みたい方向に行動に起こしてみることで、結果的に予期しない新たな展開へとつながっていきました。その瞬間の出会いや今できることを大切に、シンプルに作品を作り続けていくことが、私にとって、幸せに近づく一番のナチュラルな方法だと思っています。
(日経DUAL 加藤京子)
[日経DUAL 2016年5月11日付記事を再構成]
ワークスタイルや暮らし・家計管理に役立つノウハウなどをまとめています。
※ NIKKEI STYLE は2023年にリニューアルしました。これまでに公開したコンテンツのほとんどは日経電子版などで引き続きご覧いただけます。