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鈴木雅明さん ルター宗教改革500周年へのバッハ

2016/6/11

 2017年はルターの宗教改革から500周年に当たる。指揮者でオルガン奏者の鈴木雅明氏(62)が創設し音楽監督を務める古楽器演奏・合唱団バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)は、この記念年に向けて演奏会シリーズ「ルター500プロジェクト」を昨年から続けている。ルターが始めたプロテスタント教会での会衆参加の礼拝や音楽のあり方と、その200年後のJ.S.バッハの音楽との結びつきを再発見する公演だ。鈴木氏にルターとバッハについて聞いた。

 神聖ローマ帝国(現ドイツ)のヴィッテンベルク大学神学教授マルティン・ルター(1483~1546年)が「九十五カ条の論題」を発表したのは1517年10月31日。その内容は、ローマカトリック教会がサン・ピエトロ大聖堂の再建費用をまかなうために、人々の罪に対する罰をお金で免じる「贖宥(しょくゆう)状」を販売していることへの批判だった。ルターがヴィッテンベルク城教会の門の扉に「論題」をはり出して発表したその日から、キリスト教世界のプロテスタントによる宗教改革が始まったといわれる。2017年に宗教改革500周年を迎えるが、日本では一般に意識されていないのが現状だろう。

 この500周年を強く意識して演奏活動を続けているのが、ルター派プロテスタントの作曲家バッハの作品を中心レパートリーにしているBCJだ。「ルター500プロジェクト1517~2017年――宗教改革500周年を記念して」と銘打った第1回公演を昨年6月に開催した。そして今年5月31日、BCJは第2回公演を東京オペラシティコンサートホール(東京都新宿区)で開いた。「17年10月までもう3回開く。最終公演は宗教改革500周年をまさに記念したものにしてシリーズを締めくくりたい」と鈴木氏は意気込む。

バッハ・コレギウム・ジャパンを指揮する鈴木雅明氏(5月31日、東京都新宿区の東京オペラシティコンサートホール)=撮影 片山和雄

 「欧州では記念年に向けてプロテスタントの地域を中心に様々な会議や式典が予定されている」と鈴木氏は言う。しかしバッハ演奏で世界的に高い評価を受けるBCJのコンサートにしては、「ルター500」を掲げたこの日の集客はいまいちだ。やはり日本では関心が低いのか。それでも「日本人は世界史の教科書で宗教改革についてしっかり学んでいるはず」と鈴木氏は指摘する。彼の息子で指揮者兼作曲家、BCJのオルガンとチェンバロを担当する鈴木優人氏(35)は「来年の今ごろには日本でも多くの人たちがルター、ルターって言っていますよ」とブームを予想する。

 5月31日の公演は、バッハのカンタータを中心にした演目だが、その前世代のM・プレトリウスの声楽作品も交え、ルターの宗教改革がもたらした教会音楽とバッハの作品との関連性を追求する内容だった。鈴木優人氏によるバッハのオルガン曲の独奏から始まり、同氏のオルガン伴奏によるプレトリウスの声楽曲、それに器楽奏者が加わってのバッハの「カンタータ第10番BWV10」までの4作品は、すべて「わが魂は主を崇(あが)め」という題名だ。声楽曲の歌詞はルターのドイツ語訳「新約聖書」から採られている。「ルカによる福音書」の聖母マリアの賛歌(マニフィカト)に基づく。

ルターが新約聖書をドイツ語に翻訳したヴァルトブルク城(ドイツ中部チューリンゲン州アイゼナハ市)=撮影 池上輝彦

 BCJは、鈴木雅明氏が1990年に設立したオーケストラと声楽の演奏集団。バッハら作曲家が生きた当時の仕様の楽器(ピリオド楽器、古楽器)を使うのが特徴だ。コンサートマスター(第1バイオリン)の若松夏美氏をはじめ第一線の古楽器奏者をそろえる。95年から「バッハ:教会カンタータ」シリーズのCD録音を開始し、2013年にその全曲演奏・録音(全55巻)を達成した。この日もカンタータ3作品で現代楽器にはない繊細で清澄なアンサンブルを聴かせた。

 「我々はバッハのカンタータを教会の礼拝の中ではなくコンサート会場で演奏している。しかしその作品が本来属していた礼拝の場や、作品の背後にある賛美歌の歴史を思い起こす音楽体験を生み出したい」と鈴木氏は古楽器による演奏へのこだわりを語る。「ルターとバッハとの結びつきは強い」と鈴木氏。ルターが新約聖書をギリシャ語からドイツ語に翻訳したヴァルトブルク城がそびえるチューリンゲン地方のアイゼナハは、バッハが生まれた町でもある。ルターが始めた礼拝改革によって、それまでのカトリック教会で主に専門の聖歌隊が担っていた礼拝の音楽が、会衆も参加する賛美歌や器楽伴奏付きの声楽曲に変わっていった。会衆参加の教会音楽が発展し、より高い水準を追求した集大成として、宗教改革から200年後のバッハの音楽があるといえる。

J.S.バッハのカンタータを演奏する鈴木雅明指揮バッハ・コレギウム・ジャパン(5月31日、東京都新宿区の東京オペラシティコンサートホール)=撮影 池田啓輔

 「バッハの音楽は目に見えないもの、精神的な高み、メッセージなどを象徴し伝えようとしている。のちの時代のハイドンやモーツァルトのような作曲家が目指したものとは非常に違う」と鈴木雅明氏。「『インベンションとシンフォニア』をピアノで習った」というバッハとのなれ初めは平凡にみえる。だがその後、「『ロ短調ミサ曲』のようなとても複雑な声楽曲に出合ったのが決定的だった」。バッハへの思いを体現するように、鈴木氏の指揮や指導ぶりはパッション(熱情)がほとばしるほど激しい。

 一方で、鈴木氏とBCJの取り組みは、ルターが会衆を音楽に参加させたのと同様、大衆性、エンターテインメント性もみせる。その一例が、息子の優人氏がエグゼクティブ・プロデューサーを務め、雅明氏が監修し、BCJが中心となって催される東京都調布市での「調布音楽祭」だ。都心に近い一都市を舞台にしたユニークな音楽祭。4回目の今年は6月22~26日の5日間開かれる。「バッハを中心演目にした音楽祭だが、『ルター500』のようなBCJのコアの活動から一歩離れ、音楽を素直に楽しもうという趣旨」と優人氏は説明する。硬軟織り交ぜてのBCJのバッハ音楽への取り組みは、ルターの宗教改革500周年に向けて一段と熱を帯びそうだ。

(映像報道部シニア・エディター 池上輝彦)

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