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望まないケア、意思表示を 130万人のピリオド 統計にみる多死社会(下)

2016/6/7 日本経済新聞 夕刊

1986年金沢大医学部卒。東京大学医学系大学院(医学博士)、米スタンフォード大客員研究員、ハーバード大フェローを経て現職。

 2015年の人口動態統計では、年間の死亡者数が129万428人と戦後最多を更新した。多くの人が亡くなる社会で今後問題になるのが、医療や介護にかかるお金と人材の不足だ。打開策はあるのか。国内外の医療・介護制度に詳しい国際医療福祉大学大学院の高橋泰教授に聞いた。

 ――高齢化が進み、死に向かう人はどんどん増えます。

 「2025年に団塊世代が後期高齢者になる。今後は地方の高齢者は減り、首都圏で増えて高齢化が深刻になる。例えば介護関連施設。東京都と埼玉県では確実にベッド数が不足する。需要に応じて施設をつくっても、介護人材が集まらない。医療でも専門職の不足や救急医療のパンクが避けられない。現状の医療や介護への需要が人口比で増えると、制度の破綻は確実だ」

 「カギを握るのは、法整備や制度の改革ではなく、利用者の意識改革だ。国民の死生観が大きく変われば、危機を乗り越えられると思う」

 ――どう変わるべきだと?

 「介護や医療の供給側はこれまで、何とかして高齢者を生かしたいと考えてきた。施設がみとってきたのは明治や大正生まれの高齢者。戦争で生き残り、生きる義務があると考えた世代であり、施設は彼らの希望に応えてきた」

 「ところが昭和生まれになると、何が何でも長生きしたいというよりは、重度の介護状態で生き延びるのは真っ平ごめんという人が増えてきている。どう死にたいかという理想像が変わろうとしているのに、施設は明治・大正時代型のサービスを続けている。自ら食べられなくなった人に食事介助で食べさせる。飲み込めなくなったら胃に直接栄養を入れる胃ろうをつくるといった具合だ」

 「そんなコースを望まない人が、自力で食べられなくなったときに『食事介助をしないで』『延命治療は要らない』と声を上げることが重要だ。利用者が変わらないと、提供者は変わらない」

 ――海外の現状は。

 「フランスは90年代まで、日本と同様に胃ろうを延命措置として積極的に取り入れていた。ところが2000年代半ばまでに急減した。現在、同国で高齢者に胃ろうを施すのは虐待の一種と見なされるほどだ」

 「02年に患者保護法が、05年には終末期の患者の権利に関する『レオネッティ法』が制定された。患者本人が人工的な延命措置を希望しない場合、2人以上の医療者が合意すれば中止できるなど、手続きを定めた法律だ。国民の意識の変化が先行し、法整備を後押ししたようだ」

 「北欧では、1990年代に現地で調査した時点で、介護施設に寝たきりの高齢者は既にほとんどいなかった。自力で食べられなくなったら死ぬという考えが広がっていたからだ。その代わり、高齢者に食べ物を飲み下すことを訓練し、トイレに連れていく。これらが自力で無理になったら自然な形でみとる。高齢者は寝たきりになる前に、静かに息を引き取っていく」

 ――日本でも変化の兆しはありますか。

 「2010年ごろから、胃ろうを望まない人が少しずつ増えている。試算によると、胃ろうを拒むと3カ月程度、食事介助を受けないと年単位で平均寿命が縮む。もちろん、延命措置を否定はしない。だが今後は、死に方への意識変化がうねりとなって、医療と介護の需要と供給のミスマッチを回避する方向に後押ししていくのではないか」

 「死に方は結婚と同様に個人が決めるもので、国家が介入すべき分野とは思わない。日本は欧米ほど個人主義は徹底していないが、付和雷同の国民性があるだけに、いったん変化が始まると急速に進むのではないか。そう予測している」

■介護人材が不足、財政も限界

 2015年の人口動態統計を見ると、約130万人の死亡者のうち、約7割を75歳以上が占める。80歳以上の死亡数は65~69歳、15~19歳の年齢層と並び前年を上回った。

 国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、年間の死亡数は24年に150万人、30年には160万人を超える見込み。39年には死亡数推計が最多の166万9180人となり、15年と比べて3割増の水準だ。

 認知症患者も急増する。16年度版の高齢社会白書によると、65歳以上の認知症患者数は12年に462万人だったが、25年には約700万人に増える見込み。高齢者の約5人に1人が発症する計算だ。判断力が低下する人の増加は、本人が望む介護や看護、死に方の意思表示が、いざとなった時では間に合わない例が増えることを意味する。

 死亡数が増えるなか、高齢者の人口増に伴う介護需要の拡大と、生産年齢人口の減少により、必要な介護人材の確保は難しくなる。経済産業省の研究会が3月にまとめた報告書では、介護職員の数は35年には15年より108万人多い295万人が必要になると見込むが、25年で31万人、35年には68万人が不足しそうだ。

 内閣府が12年に実施した意識調査では、最期を迎えたい場所の最多が「自宅」(54.6%)。2番目の「病院などの医療施設」(27.7%)の2倍近かった。だが多くの人が望む死に方は、現状の介護・医療サービスの延長線上にある保証はない。

 財政面で見ても、今の制度を継続するには無理がある。多くの人が安心して死に臨み、周囲が心穏やかにみとることが可能な社会を実現するには、意識や発想の大胆な転換が不可欠かもしれない。(南優子)

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