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N響首席ホルン奏者 福川伸陽さん ソロに挑む

2016/6/4

 NHK交響楽団の首席ホルン奏者、福川伸陽(ふくかわ・のぶあき)さんがソロ活動にも力を注いでいる。「ホルンのレパートリー拡大」を目標に掲げ、ホルン独奏のアルバムも発表。「技のデパート」と評される彼の演奏技術に引かれ、吉松隆、藤倉大、川島素晴ら著名作曲家がこぞって彼のホルンのための作品を書いている。福川さんにホルンの楽しみ方を聞いた。

 「シューマンが『オーケストラの魂だ』と評したのがホルンです。柔らかい音色から力強い音まで出せるのが特徴。これほど表現力の豊かな楽器はなかなかない」と福川さんは言う。実際に吹いてもらうと、鳥のさえずりのような小さく、やさしい音色から、車のクラクションのような耳をつんざく激しい音まで、同じ楽器かと思うほど違う表情をみせる。

 多彩な音が出る理由の一つが、見た目にも印象的な渦を巻く長い管。長いものだと全長で4メートル近くにもなる。ベルと呼ばれる音の出る部分が奏者の後ろを向いているのも他の金管楽器にはない特徴だ。もともとは狩りの際に後ろにいる仲間に獲物の種類や場所などを知らせるために使われたため、音が後ろに向かって出るよう作られたのだという。

ホルン奏者の福川伸陽さん(右)。インタビュアーは槍田真希子(5月16日、東京都中央区のヤマハ銀座ビル別館)=撮影 片山和雄

 「ホルンはお客さんに向かって直接音を出さずに、後ろの壁などに当たって跳ね返る間接音を聴かせる楽器。ホールの奥行きや壁の材質によっても音の出方が変わる。会場によって吹き方も調整します」

 福川さんがホルンに出合ったのは、中学生のとき。最初にほれ込んだのはトランペットだった。「大好きだった『スター・ウォーズ』や『スーパーマン』といった映画の音楽ではトランペットの音がかっこよくて、中学で吹奏楽部に入部を決めた。ところが、トランペットは1人しか枠がないのに希望者が2人いて、じゃんけんでチョキを出して負けてしまった」。負けた福川さんはホルンの担当になった。「あの時パーを出していたら、今の僕はここにいません」

 念願のトランペットが吹けず、しょんぼり帰宅した福川さんの気持ちを一変させたのは、大のクラシック音楽好きの父親だった。「ホルンはすごくいい楽器だよ、と言ってレコードでホルンの音をたくさん聴かせてくれた。モーツァルトのホルン協奏曲の音色を聞いて、いっぺんにホルンが好きになった」。入部して1週間後にはモーツァルトの楽譜を買いに行き、自分で練習していたそうだ。

トロンボーン、トランペット、チューバという輝かしい金管楽器に囲まれて誇らしげにホルンを吹く福川伸陽さん(5月16日、東京都中央区のヤマハ銀座ビル別館)=撮影 片山和雄

 ホルンは演奏が難しい楽器として知られ、ギネスブックにも「世界一難しい楽器」として登録されている。その理由は、1つの指使いで20近い音が出るからだ。「唇のわずかな開け閉め、息の速さや量で音をコントロールしているので、指使いと関係なく、すぐ違う音が出てしまう」

 それでも練習で苦労した思い出はないという。「テンポの速いフレーズを弾くために、舌を使って歯切れのいい音を出す練習を続けて舌が切れたり、十数時間練習して唇が切れたりすることもある。すべて自分のためになっているし、苦しいと思ったことはない」

 福川さんは20歳で日本フィルハーモニー交響楽団に入り、2013年からはN響で首席奏者を務めている。ホルン奏者では珍しいソロ活動にも力を入れ、ホルン独奏のアルバムも出している。

 「オーケストラでは大きな団体の中の一人。美しい時計がその歯車の一つ一つまで美しく磨かれて配置されているように、オーケストラの中の美しい歯車を目指している。でもソロの演奏では自分が音楽を動かす感覚です。自分の出した音に対し、お客さんの反応がダイレクトに伝わってくるのが楽しくて、やみつきになった」

 悩みはホルンのために書かれた曲が少ないことだ。「ピアノやバイオリンに比べたら圧倒的に楽曲が少ない。作曲家にホルンの音の面白さを伝えて曲を書いてくれるようお願いしている。自分のために作曲された作品が世界中のホルン奏者によって演奏されるようになった。うれしいし、誇らしい」

 金管楽器のソロ演奏ではトランペットやトロンボーンが人気だが、「聴いてもらう機会さえあれば、ホルンの魅力は伝わる」と福川さんは確信する。最近はジャズやポップスの演奏にも積極的に取り組んでいる。ホルンの音色をより親しみやすく、カジュアルに聴いてもらおうとしている。

(映像報道部 槍田真希子)

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