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私を変えたMBA

「男は黙って」は通用せず、タクシー王子改革に走る 川鍋一朗・日本交通会長に聞く(下)

2016/6/20

 会社を継ぐための準備として米国のビジネススクールに留学した、川鍋一朗日本交通会長(45)の経営学修士(MBA)物語の後半。留学で自信を付けて帰国した川鍋氏だが、MBAを引っ提げて会社に“凱旋”と思いきや、予想外の事態に直面した。

■卒業後は、経営コンサルティング大手マッキンゼー・アンド・カンパニーで“武者修行”。約3年後、満を持して日本交通に入った。2000年、30歳の時だった。

 マッキンゼーは、私にとっては実質的に初の社会人経験。非常に勉強になりました。特に勉強になったのは、ファクトとロジックの大切さです。例えば、経営戦略などを説明する際に、事実に基づいて論理的に説明すれば、「私の勘ではこうなんだよ」などと言う相手に対しても、「いや待ってください、この数字を見ると、こうなんです」と説得できます。マッキンゼーで3年間、トレーニングを積めたのは、貴重な経験になりました。

 ところが、日本交通に役員として入った瞬間、想定外の問題に直面しました。なんとグループ全体で1900億円の借金を抱えていることが発覚したんです。借金返済のために、資産を売却したり、子会社の数を3分の1に減らしたりと、ロジックの世界からいきなりドロドロした世界に。新参者の私がロジックで物事を推し進めようとして、古参の社員と感情的に対立した時期も正直ありました。MBAの知識もマッキンゼーでの経験も、まったく役に立たないなと、自分の経歴に否定的な気持ちにさえなりました。

■それでも経営危機を何とか乗り切り、2005年、社長に就任した。

 会社を再建しながら冷静になって考えてみると、やはり経営課題を一つ一つ解決して収益を改善していく過程では、コンサルの手法を活用したわけですし、当初は、そのやり方がまずかっただけで、ケロッグやマッキンゼーで学んだことは結局、役に立っているなと思い直しました。

 ケロッグの授業で、いまでもすごく役立っているのは、経営者としてのコミュニケーションの取り方を学ぶManagerial Communicationという授業です。授業の初回に教授が力を込めて繰り返した「Truth is not truth.(真実は真実ではない)」という言葉は、卒業して20年近くたった今でも鮮明に記憶しています。

 これは要するに、日本的な「男は黙って」という美学は少なくともグローバルビジネスの世界においては通用しない、経営者は自分自身のことも含めて周囲や外に向けてきちんと情報発信していくことが非常に重要、それがひいては会社のためにもなる、という教えです。もちろん人格を磨くのは大切ですが、いくら磨いても誰にもわかってもらえなければ、ビジネス的には何の意味もありません。

 日本の企業や経営者はこの部分が弱いと思います。日本人にとっては、ある日誰かが気付いてくれるのを信じて陰で徳を積む陰徳の思想が理想かもしれませんが、それは経営者としては不適格だと私は思います。陰徳も結構だが、徳を表に出して、「弊社はこんな素晴らしいことをしているんですよ」と外に情報発信するのが、経営者としてのタスクです。

 私は、経営は総合芸術だと思っています。サイエンスだけでもだめだしアートだけでもだめ。総合的な力が必要です。健康に例えれば、いくらサプリメントを飲んでも健康は維持できません。十分や睡眠や適度な運動が必要です。経営も同じ。いくら素晴らしい経営技術があっても、それだけではよい経営者にはなれない。人間性も大切です。そうした経営の総合力を身につける機会を与えてくれるのがビジネススクールだと私は思います。もちろん、ビジネススクールに行ったからといって成功が保証されるわけではありませんが、その人のキャリアにプラスに働くことは間違いありません。

 その意味では、もしケロッグに行っていなかったら、今の自分の経営者としての人生も、この会社もなかったかもしれません。

■ライドシェアの登場などで、大変革を余儀なくされるタクシー業界。そうした中、日本交通は4月、東京23区・武蔵野市・三鷹市のタクシー初乗り運賃を現在の「2キロ730円」から「1キロ強410円」に変更を求める要請書を国土交通省に提出した。

 2年前に東京ハイヤー・タクシー協会の会長に就任しました。それまでは日本交通の経営だけに力を注いできましたが、これからは、タクシー業界全体の改革を進めて行こうという気持ちです。会長就任については、当時の富田昌孝会長から、「ライドシェアのようなサービスが出てきたら、今までの自分たちの発想では対応できない。だから、川鍋君、よろしく頼む」と言われました。

 日本のタクシー業界は確かに保守的ですが、ライドシェアの登場や、さらには自動運転技術の開発など、「移動革命」が起こりつつある中、危機感も相当強い。ですから、会長就任もタイミング的にはちょうどよかった。改革を進めやすい環境にあるのではないかと思っています。

 私がこの会社を自分の子供たちに引き継ぐころには、日本交通は、「自動運転タクシー会社」に変わっているかもしれません。そこまで生き延びることができるよう、変化に対応し、さらには変化を先取りする経営を続けていかなければならないと考えています。

インタビュー/構成 猪瀬聖(ライター)

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