落語家さんを呼びたい 大人女性がはまる「プチ席亭」

毎週土曜日の午後9時前。東京・新宿三丁目の路地に長い行列ができます。行列の目的は、新宿末廣亭で「二ツ目」と呼ばれる若手の落語家ら4人が火花を散らす「深夜寄席」。客席には女性の姿も目立ちます。1階の椅子席、桟敷席を合わせて200ほど。満員御礼、立ち見が出ることも少なくありません。
寄席やホール落語の客席に女性が増えたといわれて久しいのですが、近年はさらに新たな動きがあります。「観客」の立場から一歩進んで、小さな落語会をプロデュースする側、いわば「席亭(寄席の亭主)」として落語に関わるファンが増えているといいます。しかも、そうした席亭に女性も進出、落語ブームの下支えになっている模様です。
OL数人で企画、地方に落語家を呼ぶ会も
カフェや、レンタルスペースとなっている古民家、小さなホールなどを会場とした落語会は、都内はもとより各地で開催されています。落語の会の開催が少ない地域から東京に旅行に来たOLが、寄席に立ち寄り、その際に心ひかれた落語家を友人らと協力して地元に呼ぶ、といった小さな会も開催されているといいます。
小さな会場を借りて、自分の趣味や企画で顔付け(出演メンバー)を決め、それを喜んでくれる客を集めて落語会を開催する「プチ席亭」は、落語ファンにとっては夢のような経験でしょう。
このように落語の会がよりカジュアルな、ファンに身近なものになってきた背景には、落語界のある事情がありました。
圧倒的に足りない「定席」の数
現在、東京都内の主な「定席(常設の寄席)」は、上野の鈴本演芸場、新宿末廣亭、池袋演芸場、浅草演芸ホールの4カ所です。
都内には落語家の協会、組織が4つありますが、所属する芸人がこの4カ所すべてに出演できるのは落語協会(真打・二ツ目を合わせて約260人が所属)だけであり、鈴本演芸場を除く3カ所に出られるのが落語芸術協会(同約140人)です。落語立川流(同約40人)と円楽一門会(同約50人)は、この4カ所には出演できません。そのほか、国立演芸場、お江戸上野広小路亭、お江戸日本橋亭、お江戸両国亭などでそれぞれ定席興行が行われています。
組織によって状況は異なるものの、いずれにしても近年の落語人気に支えられ、増加した落語家の数に比べて、定席の数は圧倒的に足りていません。
例えば、落語芸術協会副会長で笑点のメンバーでもある三遊亭小遊三さんが前座の頃(1969年)は、同協会(当時は日本芸術協会)所属の落語家は、二ツ目から真打トップの会長まで合わせてわずか40人だったそうです(『東京かわら版平成28年1月号』)。1つの組織をみただけでも、約50年後の現在、落語家の人数は3.5倍、100人も増えているのです。
人気のある真打の中には、公会堂やホールで開催される「ホール落語」や地方での営業に引っ張りだこ、という人もいますが、伝統的な寄席のプログラムの構成上、出演枠が極めて少ない「二ツ目」の状況は深刻です。それぞれ、小さな会を開催するなどしていますが、「一回でも多く高座に上がって、勉強したい」と願う若手の落語家が相当数いるという状況が続いているのです。
カギは若手「二ツ目」の進化
激増した落語家の人数に合わせて定席を増やしても、顔付けに魅力がなければ客は入りません。手軽な娯楽は、ほかにいくらでもあるからです。
落語協会理事の古今亭志ん輔さんは2014年、神田須田町に、協会の仕切りを越えた二ツ目専用の寄席「神田連雀亭」を立ち上げました。ここではほぼ毎日、二ツ目の落語家や講談師が高座に上がっています。また、落語芸術協会の二ツ目が自ら企画、結成した11人のユニット「成金」は、2013年から毎週金曜に、西新宿の貸席で熱のこもった勉強会(メンバーが交代で4人ずつ高座に上がる)を開いています。会は着実に落語・講談ファンの裾野を広げ、一つのムーブメントとなった観があります。
ネットで絶え間なく情報が拡散される状況の中、落語好きのニーズは多様化、細分化しています。「大真打の高座を、定席や大きなホールで聞く」よりも、「勢いのある若手の高座を小さなスペースで身近に聞く」というかたちが、落語好きの若者たちにとってはむしろスタンダードな楽しみ方となっている気配があります。
「プチ席亭」は大人女性の楽しみ
現在では落語家の多くがブログを開設しており、出張の相談にも積極的に応じています。料金については、まさに人それぞれ。マネジャーや本人がはっきり提示する場合もあれば、「お客様にお任せします」というケースもあるそうです。自ら「プチ席亭を一度やってみたい」と思われる向きは、いずれにせよ「お噺(はなし)を伺いたい」という熱意と誠意、礼儀と常識を忘れずに交渉したいもの。
落語は本来、大人の楽しみです。イケメン二ツ目もいいが、寄席に通えば、すばらしい話芸と粋で美しいたたずまいが魅力的な師匠がたくさんいます。「プチ席亭」は、一定の経験を積んだ大人の女性だからこそ分かる、新たな楽しみといえそうです。
※二ツ目:落語家や講談師の階級のひとつ(上方には階級はない)。師匠や寄席の雑用などに休みなく追われる「前座」と、一人前の芸人として寄席で主任(トリ)を務めることもできる「真打」の間に位置する。雑務から解放され、羽織袴の着用も許されるが、芸を磨く上でも、経済的にも、積極的に営業活動をしなければならない約10年の修業期間。
(ライター 木暮真理)
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