お酒が…。「分かっちゃいるけど止められない」
コレってまさかアル中?
まだまだ男盛りの中高年に容赦なく襲いかかる体の悩み。医者に相談する勇気も出ずに、1人でもんもんと悩む人も多いことだろう。そんな人に言えない男のお悩みの数々を著名な医師に尋ね、その原因と対処法をコミカルで分かりやすく解き明かす。楽しく学んで、若かりし日の輝いていた自分を取り戻そう。
イラン北部にある紀元前4500年前の遺跡で発見されたつぼから、ワインの名残が確認されるなど、人類と酒は古くからの友達だ。酒は、疲れた心と体を癒し、人間関係を豊かにしてもくれる。しかし、ひとたびコントロールを失い、不適切な飲酒を繰り返すようになると、酒は「猛獣」となって牙をむくようになるのも確かだ。
ただ、自分にとって酒が「友人」なのか「猛獣」なのかは、意外に分かりにくい。例えば、仕事の後は毎日、家で晩酌するのが楽しみで、毎日欠かさず飲むという人もいれば、会社を出たら取りあえず1軒、週1回は午前様という人もいるだろう。いったいどこからが不適切な飲酒といえるのか。さらにはアルコール依存症(アル中)を心配しなければならないのは、どの程度からなのだろう。今回は、ビジネスマンなら知っておきたい飲酒の基本リテラシーや飲み過ぎ対策について紹介していこう。
一段階ずつ進んでいくアルコール依存
まず、アルコール依存とはどのような状態なのか。成増厚生病院・東京アルコール医療総合センターの垣渕洋一医師は「お酒を飲むことでさまざまな問題が起こり、本人も飲まない方がいいと分かっているのに止められず、問題が続いている状態」と話す。
こう説明すると「まさか、自分はそこまではね」と思う人も多いだろうが、じつはアルコール依存症に一歩足をつっこんでいたりすることもある。症状が少しずつ、連続的に進むのが「不適切な飲酒」の特徴だからだ。下表は、飲酒習慣がどのように形成されるのかを示したものだ。
飲酒の形態 | 機会飲酒 | 習慣飲酒 | 強迫飲酒 | 連続飲酒 |
飲酒の頻度 | 週に数回、宴会などの席で飲酒 | 晩酌などで、ほぼ毎日飲酒 | 早朝や夜中など、飲酒の時間や場所のTPOをわきまえなくなる | 起きている間は飲酒を継続する |
飲酒によって生じる問題 | 特になし | 身体疾患が生じるケースも | 家族問題 精神疾患 仕事問題 | 経済問題に発展するケースも |
最初は「機会飲酒」で、宴会などがあるときだけ飲むという状態で、それが大きな問題になることはほとんどない。しかし、機会飲酒をくり返していると、やがてそれが「習慣飲酒」となり、毎日飲む習慣ができてくる。ごく普通のビジネスマンにも多いと思うが、アルコール依存としては「常用量依存」に分類される。人によって差はあるが、健康上の問題が出てくる。酒を飲むことで肝臓やすい臓に障害をもたらしたり、逆流性食道炎、糖尿病や高血圧を悪化させる場合もある。各種がんなど、飲酒によってリスクが高まる病気は多い。
そして、さらに依存が進むと「強迫飲酒」の段階となり、飲む時間と場所のTPOをわきまえなくなる。翌朝、運転しなければいけないのに、酒が残る時間まで飲んでしまう。朝、キオスクでつい缶チューハイを飲んでしまう。こうなると医療機関でもアルコール依存症と診断される。状態が悪化すると、仕事の欠勤などを重ねて、同僚や家族から「絶対飲むな」と詰め寄られても、隠れて飲んでしまうようになり、仕事の問題、経済問題も抱えるようになる。
そして、アルコール依存症の最終段階が「連続飲酒」だ。垣渕医師は「起きている間は飲み続け、1週間もすれば体が耐えきれなくなり、医療機関に入院することになる」と話す。連続飲酒の段階まで進むと、断酒治療によりアルコール依存から一度は回復しても、何かのきっかけでアルコールを口にすると、再び連続飲酒をくり返してしまうことがあるという。
飲酒習慣がうつ病を誘発する
飲酒の4つの段階のなかで、ビジネスマンにとって重要なポイントは、習慣飲酒と強迫飲酒の境かもしれない。そこには、正常かアル中かの明確な境界があるようでいて、実はなだらかなグレーゾーンが広がっている。
どうしてアルコール依存は進んでしまうのか。そこにはアルコールの脳に対する作用メカニズムが関与している。垣渕医師は「多くの患者さんは、アルコールは食品や嗜好品だと思っていますが、その性質を理解するには、アルコールは医薬品だと考えた方がいい。分かりやすくいえば、アルコールは『出来損ないの麻酔薬』です」と話す。
例えば、アルコールには脳内で興奮を起こすグルタミン酸などの神経伝達物質の働きを抑制する作用があり、飲むと不安が解消したり、リラックスした気分になったりする。さらにオピオイドという脳に快楽をもたらす神経伝達物質が分泌され、楽しい気分(多幸感)をもたらしてくれる。こうした作用が、仕事の疲れなどを癒してくれるほか、音楽家、建築家など芸術的なセンスを求められる仕事などでは、お酒が仕事にプラスに働くこともある。
しかし、こうした作用には、徐々に耐性ができる。つまり、脳はアルコールがある状態に順応してしまい、アルコールが消失すると以前より不安が増し、緊張が高まってしまう。それを解消しようと、飲酒の欲求が高まってくるのだ。
こうした脳の状況をよく表しているのが「うつ」の問題だ。垣渕医師は「アルコール依存症の患者の4割ほどがうつ病を合併している。患者は、不安など抑うつ気分を解消するためにお酒を飲んでしまうというが、逆にお酒がうつ病を悪化させることを知らないで飲酒していることが多い」と話す。
まだ自分は、正常な「習慣飲酒」と思っている人も、健康診断の結果や日ごろの気分などを振り返ってみて、そこにこのような「飲酒問題」はないかどうかを考えてほしい。
飲酒量を減らすにはどうすればいい?
身近な存在だけど、一つ使い方を誤れば怖いアルコール。不安に感じたら、お医者さんに相談するとよいだろう。垣渕医師は「以前と比較すると、より広い範囲の患者に医療が対処していこうという環境になっている」と話す。
例えば、以前はアルコール依存症の治療を行う医療機関は「強迫飲酒」「連続飲酒」の患者の断酒治療を行うための入院施設しかなかった。しかし、1980~90年代から外来で治療を行う医療機関が増えてきている。
特に、2014年にアルコール健康障害対策基本法が施行され「不適切な飲酒」が原因で起こる健康被害の改善に取り組むようになった。現在、アルコール依存症と診断されている患者は100万人だが、その予備軍ともいえるハイリスクの人に、できるだけ害のない飲酒に戻ってもらうことが重要だからだ。
現在、企業などが行う特定健診(メタボ検診)では、飲酒習慣などを問う問診票があるが、そこで見つかったハイリスクの人に対して健康指導が行われるようになった。例えば、「ブリーフインターベンション(減酒支援)」という手法は、相談に訪れた患者に飲酒日記を付けてもらい、飲酒量を減らしたり、連続した休肝日を週2日設けるなど、目標に少しずつ近づけていこうというものだ。
ハイリスクの人であれば目安となる飲酒量は、1日60グラム(アルコール換算:ビールで1.2リットル、大瓶2本弱)以下にするというもので、40グラム以下が望ましい。逆に1日80グラム(ビールで1.6リットル、中瓶3本強)以上だとリスクが非常に高くなる。垣渕医師は「1日40グラムから80グラムの間に、アルコール依存症予防のルビコン川があるといってもいい」と話す。
ルビコン川を渡る寸前から、なんとか適切な飲酒に戻りたいものだが、なかなか節酒できない人も多いだろう。そんな人のために、肥前精神医療センターが多量飲酒者向けに提供している節酒ノウハウを紹介しよう。
節酒のための治療薬も臨床試験中
こうした生活改善による節酒が難しいケースでは、医療機関で薬物治療が行われる。そのための治療薬も進化してきている。
アルコール依存症の治療薬としては、かつては抗酒剤しかなかった。これはアルコールの摂取によって肝臓で発生する毒性の強いアセトアルデヒドが、酢酸に変化する働きを阻害する薬剤だ。少量の飲酒でも、アセトアルデヒドによる顔面紅潮、血圧低下、動悸、呼吸困難、頭痛、嘔吐、めまいなどのつらい症状が出るため、飲酒量が抑えられる。
2013年に保険適用された「アカンプロサート」(商品名レグテクト)という医薬品は、飲酒欲求そのものを抑えるものだ。これは飲酒の欲求を高める脳内伝達物質グルタミン酸の活性を阻害することで、「飲みたい」という気持ちを和らげる働きがある。ただ、保険適用となるのが「アルコール依存症における断酒維持」なので、依存症と診断されていない人の節酒には利用できない。
現在臨床試験中の「ナルメフェン」は、減酒薬として開発されているもの。アルコール依存が起こる過程では脳内のオピオイドが関与しているが、この薬はオピオイド受容体と結合することで、酒を飲んでも多幸感を感じにくくなり、酒量が減るというものだ。
こうした新薬は、アルコールが脳におよぼす作用の研究から生まれたもの。垣渕医師は「このことからもアルコールという"薬"が脳に及ぼす作用の強さを知ってほしい。薬は用法用量を守らなければ危険なように、適切な飲酒を心がけてほしい」と話す。
(荒川直樹=科学ライター)
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