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2000年台初頭まで、日本ではどの業界に就職しても、給与水準は大きくは変わりませんでした。給与水準の違いは主に企業規模の大きさによっていたからです。だから、良い大学を出て有名な大企業に就職すれば、安定とやりがいの両方を手に入れることができました。

(4)50代後半で年収が130万円も下がる業界はどこだ? >>

<<(2)会社選びで大切なのは知名度や規模よりも○○

でも社会「全体」での成長が難しくなってくると、業界ごとに差が生まれてきました。

現時点で比較的安泰な業界で働くことができている人は全体の約40%。残る60%の人たちが働いている業界では、キャリア上のリスクが生まれています。

なぜ業界によってキャリアリスクに差が出るようになったのか。順を追ってその秘密に迫ってみましょう。

【エピソード3】業界ごとの年収差は1.5~2.5倍
 
 「業界ごとの年収差って5倍もあるんだ」
 シンプルにまとまった2016年の賃金カーブグラフ(前回記事参照)に見入りながら、僕は独り言のようにつぶやいた。
 「まあ5倍は統計上のマジックね。65才以上のところでたまたま極端な結果が出ているだけ。全体としては1.5倍から2.5倍の間に収まるって考えた方がいいと思うわ」
 コーヒーの香りを挟んで向こう側に座っている愛宕さんが、ペンでグラフの数字を指した。
 「それにしてもずいぶんと差があるよね。だったら新卒の就職活動のときから、業界ごとの年収水準をちゃんとしらべておくように就職課で指導してくれたらよかったのに」
 「多分、それは無理だったのよ」
 コーヒーを置いて、まじめな顔で彼女が言った。
 「そうなの? だってこういう統計情報があるんだからわかるんじゃない?」
 「こちらが2002年のグラフ。2016年のデータに比べると業界の細分度が違うからいちがいに比較はできないけれど、ずいぶんと違うと思わない?」
 二つのグラフを見比べてみて、僕はまた眼を見開くことになった。
 「2002年の時って……業界差ってこんなに小さいんだ……」
 「そうなの。それからほんの15年でここまで業界ごとの年収差が開くようになってしまったの。こんな変化はそれぞれの会社にいても多分わからない。こうして振り返って分析して、やっとわかるくらいじゃないかしら」
 僕はおもわず自分が勤めている金融業界のグラフを見てみた。幸いなことに、僕がいる業界はほとんど変化がないようだった。彼女は僕が見ているグラフに気付いた。
 「金融業界は15年間でも大きくは変化していないわよね。でも変化がとても大きな業界だってある。就職の常識が変わっていったということじゃないかしら」
 「そうだね……だって大企業にさえ入っておけば幸せなキャリアを歩めた時代から、ほんの15年で、業界をちゃんと選ばないとダメになるなんて、僕も言われてみるまで気が付かなかったよ」
 「でも、なんでこういうことになってしまったのかしらね……」
 彼女の疑問に僕も思わず考え込んでしまった。

業界差はどのように拡大してきたのか

2002年の時点で、業界毎の賃金カーブは細長い帯状でした。新入社員の時点での年収差はわずかに18%。一番低い業界の月給が20万円だとすれば、最高額の業界で23万6000円。年収差ですから、もしかすると月給はほぼ一緒で、賞与水準だけが違っていたのかもしれません。そして18%くらいの年収の違いだと、月々15時間ほどの残業で逆転することができたのです。

この20%前後の年収差は50代前半まで続きます。つまり、業界毎の年収差は、年をとっても開かなかったということです。さらにどの業界でも、年収は50代前半までは右肩上がりで増え続けました。最低年収ですら800万円になりました。

業界ごとの格差がほとんどなく、最低水準も高い。そのような人事の仕組みが2002年当時にはありました。

しかし2016年の賃金カーブの幅は広がります。ラッパ型ともいえるその形では、新入社員の時点でも差は48%あり、40代から50代の時点では100%前後(およそ2倍)の年収差が生まれてしまっています。私たちもなんとなく、この業界の給与は高くて、こちらの業界の給与は低い、という感覚を持つようになりました。

しかし業界毎の給与差というものは、わずか15年ほど前にはほとんどなかったのです。ここで示したデータは大企業のものですが、もっと小さな企業においても、2002年当時では最大で70%程度の差に収まっていたのです。

業界ごとの給与差がほとんどないけれど、企業規模の違いはある。その結果として、多くの日本人の間には、「大企業神話」が根付いていったのではないでしょうか。

「大企業神話」とは、とにかく良い大学を出て大企業に入りさえすれば、一生を安泰にすごすことができる、という物語です。2000年くらいまではその物語は神話ではなく、現実でした。そして物語は現実から神話になってゆきます。

大企業に入りさえすればいい、という状態は、今や過去のものです。

下に大きく広がった賃金カーブ

2002年と2016年、それぞれのグラフを見比べてみると、年収差が上下に大きく広がっていることがわかります。

一目でわかるのは、下に大きく広がっていることです。このグラフは大企業だけを取り上げたデータですが、大企業に就職しさえすれば誰でも年収800万円にまでなれた時代から、今や500万円にすら届かない状態になっています。

格差社会という言葉が流行語になったのは2006年です。それは国全体としての格差が拡がったというわけではなく、「同じ学校を出たのに、入った会社(業界)が違ったために年収差が拡がった」状態が実感されていた部分もあったのではないか、と考えられます。手に入れられたはずの幸せが手に入らなかったときに、人は大きな不満を持つのですから。

今や入る業界を間違えると、30才になっても40才になっても年収は増えません。年収が増えないから生活環境も変えられません。伴侶を得たとしても、子どもを育てる余裕がない場合もあるでしょう。

大企業神話は、さらにいえば「正社員神話」といえるかもしれません。正社員として会社に入りさえすれば生活ができる。アルバイトや契約社員などの不安定な雇用形態の状態から見ると、正社員になりさえすればなんとかなる、と思ってしまうのは仕方がないことです。けれども正社員になったからといって生活に余裕が持てるのか、といえばそれは「業界による」ということしか言えないわけです。

昨今、一物一価の考え方に基づいた給与設定が議論されていますが、アルバイトや契約社員の給与水準を、もともと低すぎる業界の正社員水準にあわせたところであまり意味がないかもしれません。

カーブが上に広がっている事情にヒントがある

グラフを見ると、45才以上で賃金カーブが上に広がっている場合も見られます。

これらは特殊な業界の数値を拾っているように見えるかもしれません。たしかに2002年のデータよりも2016年のデータの方が、業界を細分化して統計処理をしています。

どの業界が賃金カーブを引き上げているのでしょう。

実は賃金カーブを一番引き上げているのは、鉱業,採石業,砂利採取業です。ちなみにこの業界に属している人数はわずかに1万3880人。全体の0.1%でしかありません。

しかしそれ以外にも賃金カーブを引き上げている業界があります。それも、全体の11.5%にも達する人数です。

答えは、情報通信業、学術研究、専門・技術サービス業、教育、学習支援業です。2002年当時の統計では、広くサービス業に含まれてしまっていた業種です。しかしそれぞれに属する人たちが増えてくると独自の数値が採集されるようになりました。

それだけではなく、これらの業界の賃金カーブが高くなっている事情はまた別にあります。

そして、その事情にこそ、どんな業界であったとしても年収を引き上げていけるヒントが隠されているのです。次回はその答えを、4つの業界分類ごとに見ていくことにしましょう。

平康 慶浩(ひらやす・よしひろ)
セレクションアンドバリエーション代表取締役、人事コンサルタント。
1969年大阪生まれ。早稲田大学大学院ファイナンス研究科MBA取得。アクセンチュア、日本総合研究所をへて、2012年よりセレクションアンドバリエーション代表取締役就任。大企業から中小企業まで130社以上の人事評価制度改革に携わる。大阪市特別参与(人事)。

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