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囲碁・将棋

「1割」の勝利呼び込む 棋士VS.ソフト(ルポ迫真)

2015/5/4

 「あっ、指しました。後手2七角……不成(ならず)」「え? 不成?」「あれ、投了した?」「は? 投了?」

 3月21日、コンピューター将棋ソフト5種とプロ棋士5人が真剣勝負を繰り広げた「将棋電王戦FINAL」第2局。対局場となった高知市の高知城近くの控室で進行を見守っていた立会人の九段、三浦弘行(41)ら棋士が驚きの声を上げた。

将棋電王戦でコンピューターソフト「AWAKE」に勝利した阿久津八段(右)(4月11日、東京都渋谷区の将棋会館)

 動画配信大手ドワンゴと共催した日本将棋連盟は若手の精鋭をそろえた。その2番手、六段の永瀬拓矢(22)は控室の騒ぎをよそに対局室で涼しい顔をしていた。

 一方、コンピューターソフトの指示で動く将棋指しロボット「電王手さん」は微動だにしない。その奥ではパソコンの画面を見つめるソフト開発者、西海枝昌彦(41)が顔を紅潮させていた。

 対局室に将棋連盟理事で六段の片上大輔(33)らが次々と入る。慌てる関係者に永瀬は落ち着き払って言った。「放っておくと、(ソフト側が)投了しますよ」

 永瀬が指した手は、成れる角を成らずに相手に王手をかける後手2七角不成。この手がソフトの急所をつく。西海枝が開発した将棋ソフト「Selene(セレネ)」は不成を認識できないというバグを抱えていたのだ。

 王手がかかっていると判断できず、セレネは次に攻める手をコンピューター上の盤面で指す。王手放置。初心者のような反則でセレネは敗れた。

 出場棋士は対戦するソフトを事前に借り受け、研究を積んだ上で本番に臨んだ。永瀬は700~800局にも上る研究からセレネが飛車と角、歩の不成に対応できないと見抜いた。しかも、ソフト側は提供後、改良はできないルールだ。

 「バグだけで勝ったといわれるわけにはいかない」。永瀬は対局中、そう考えていた。不成の手を指すにしても、自分の勝ちだと確信できる局面をつくってからだ。この日の対局は苦しい局面から盛り返して「自分なりに決断できる局面になった」。88手目、成れる角を裏返さなかった。

 反則の手ではないが、実際の対戦では成れる角を成らない手はほとんど現れない。西海枝は「(セレネに)不成に対するバグがあることは知らなかった」と悔やんだ。

 「トラブル?」「は? 投了?」。最終局の第5局の結末も衝撃だった。4月11日、東京・千駄ケ谷の将棋会館。対局は午前10時に始まった。互いの持ち時間は5時間ずつで、普通なら終局は夜。だが、この日の将棋はわずか21手、49分で終わった。序盤、対局者で八段の阿久津主税(32)は、あえて自陣に角が打ち込まれるスキをつくる。この誘いにソフトの「AWAKE(アウェイク)」が乗ったのだ。

 ソフトとの5対5の団体戦で、プロ棋士は2013年から2年連続で負け越していた。3度目にして初めて勝ち越した。だが、団体戦の勝ちをプロ側にもたらした阿久津の顔に笑みはなかった。

 負け越したとはいえ、現在の将棋ソフトの強さは侮れない。第2局終了後の記者会見で、永瀬は練習対局での勝率は「1割程度だった」と明かす。第4局で敗れた七段の村山慈明(30)も「1割あったかどうか」。

 現役プロで最も将棋ソフトに詳しいといわれる五段の千田翔太(21)でさえ、特別な対策をせずに電王戦に出場するような強豪ソフトと真っ向から戦った場合で「勝率は7%」と言う。千田は将来を嘱望される若手の一人で、2014年度の公式戦の勝率は7割3分8厘。プロ棋士のひのき舞台であるタイトル戦にあと一歩まで迫ったこともある。その千田でさえソフト相手には1割も勝てない。

 単純比較できないが、王座や名人など4つのタイトルを現在有する羽生善治(44)らトップ棋士でも千田を相手に9割以上勝つことは難しい。「ソフトは既に人間を超えている」との推論が出てもおかしくない。そんな恐るべきソフトを相手に棋士たちは勝ち越した。

 永瀬は、自身の予想勝率が1割と低くても「本番の対局で、その1割を呼び込むことは可能だと思っていた」と言い切る。数字だけでは測れないプロ棋士の勝負強さは長年の鍛錬の成果でもある。それが不利だとみられていた棋士側に勝利をもたらした。(敬称略)

 プロ棋士とコンピューターソフトがしのぎをけずった電王戦の舞台裏を追った。

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