「その場に応じて臨機応変に対処すること」 小笠原敬承斎さん
小笠原流礼法宗家
700年間、男性当主が教えてきた礼法を、初の女性宗家として受け継いだ。万葉仮名の古文書を読み解き、「武士の礼法」だった作法を現代に伝える。接客業など企業からの講演依頼も多い。「感謝の気持ちから生まれた礼法は、周りの人と自分の幸せにもつながる」との信念を持ち、「相手を思いやる心」の大切さを訴える。
先代宗家の姉である祖母は言葉遣いや作法に厳しく、幼い時から「大人と同じ振る舞いを求められた」。友達が祖父母と気軽に仲良くしているのがうらやましかった。
転機は20歳すぎでの英国留学。時はバブル経済期。日本の若者が大挙して欧米に向かった。特に目標はなく「何となく英語を学ぼうと思った」。
ある日の学校の文化交流イベント。自分を含め日本人が誰一人として日本文化を伝えられなかった。じくじたる思いでいると、タイの男子生徒が生き生きとタイ舞踊を舞い、タイ料理を振る舞った。「ハッとさせられた。まず自国の文化を身につけるべきだと痛感した」
帰国後、真っ先に向かったのが作法に厳しかった祖母の弟で当時の小笠原流宗家、先代の忠統氏のもとだ。日々、何時間も一対一で部屋にこもり、室町時代の古文書を読み込み、作法を仕込まれた。旅行先でも古文書を読むほど没頭した。
28歳の時、先代から「やる気があるのなら、全力で支えるから次を任せたい」と言われ、責任感を持つようになった。ほどなく先代が亡くなり30歳で宗家を継承。いきなり講演や講義を引き受けることになった。教わる側から教える側に。地方の年配の門弟からも「がんばって」と励まされ、乗り越えた。
宗家を継ぐ直前の29歳で出産した。子育ては母に助けてもらった。今、息子は19歳。いつか「自然な形で継いでくれれば」と考えている。
一般的なビジネスマナーは、この場面ではこうするという「答え」。対して日本人の美意識に根ざす礼法は相手を思いやる心が基本。「一辺倒な答えはない」。ヒントは古文書にある「時宜によるべし」という言葉だ。大切なのは「その場に応じて臨機応変に対処すること」。いにしえの言葉を今に伝える仕事に、やりがいを感じている。
(高橋 里奈)
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