粉飾決算 浜田康著
罪に問えない司法と監査の課題
本書は、旧日本長期信用銀行、三洋電機、および東芝の粉飾決算の事例を取り上げている。「なぜ企業が粉飾をしたのか」という通常の視点でなく、なぜ裁判で経営者は罪に問われなかったのか、なぜ監査法人は粉飾を見抜けなかったのか、などの切り込みがユニークである。
現代の会計では、伝統的な取得原価主義から離れ、経営者がより多くのリターンを得るために、リスクを取ることが暗黙の前提だ。経営者が自社の資産価値を弾力的に見積もることを容認する半面、高い自律性を要求するバランスで成り立っている。にもかかわらず、経営者が地位を守るため、赤字決算の先送りなどの恣意的な資産評価がしばしば見られる。裁判官が「経営判断の原則」の論理でこれを容認すると、株主の利益を損ねる。日本企業の国際的な評価を落とし、海外からの投資を抑制する要因ともなる。
例えば長銀について、最高裁は当時の会計基準が不明確なため、経営者を罪に問えないとの判決を示した。刑法の罪刑法定主義の論理を会計の世界に厳格に適用すれば、不特定多数の利益を損ねる経営者の粉飾決算の責任を問うことは困難となる。
司法が粉飾決算の防止に有効でなければ、監査法人の役割が重要となる。著者は東芝の粉飾決算を、個々の案件ごとに監査人がどのように監査をすべきだったのかを詳細に分析する。
一般に完成までに数年を要する建設工事や、パソコン部品の外注取引では、不正な利益操作が起きやすい。著者は案件ごとに、(1)監査人は工事管理資料などを閲覧していたか、(2)会計処理上の問題点を認識していたか、(3)認識していればなぜ報告をしなかったのか、などのポイントを仮説を交えて検証する。
監査人の監査手続きの妥当性以前に、何を監査したのかの実態が全く見えていないと結論づける。最終章では、企業のトップレベルの内部統制強化の手段を論じ、企業の粉飾を見抜けなかった監査人に、何が具体的な要因であったかの自己検証を求めている。
しかし、それは果たして監査人の能力不足の問題だけであろうか。監査法人は、監査対象企業から多額の監査料を受け取ることで成り立っている。このビジネスモデルの下では、粉飾決算をなぜ見逃したのかについての事後的な検証を、監査した担当者だけでなく、監査法人のトップにも義務付ける必要がある。これが監査法人の責任に焦点をあてた本書の論理的な結論といえないだろうか。
(昭和女子大学特命教授 八代 尚宏)
[日本経済新聞朝刊2016年4月17日付]
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