3.11 震災は日本を変えたのか リチャード・J・サミュエルズ著
政治への影響を3領域で分析
2011年3月11日に起きた東日本大震災による惨禍は、国民的な記憶として長く語り継がれるであろう。では、日本政治・政治史の文脈ではどのように位置づけ、評価されるのか。すでに様々な角度から研究が進み、多くの報告書、書籍が刊行されているものの、この震災が日本政治に与えた影響を検討した研究は意外に少ない。本書はその空白を埋める試みであり、安全保障、エネルギー、地方自治の3つの領域での「競合するナラティブ(物語)」に注目し、3.11の政策的影響を検証する。
著者は冒頭、3.11が日本政治に根本的な変化をもたらすのではないかと予測して調査を始めたことを明らかにする。その上で、まず前半部分で基本的な事実関係、多彩・多様な言説を概観し、3.11以前の大震災、海外の大災害との歴史的・比較的考察を行う。次いで後半では、上記の3領域で「変化を加速する」「現状維持」「逆コース」のナラティブが競合したが、結局いずれの領域でも現状維持派が優勢であったと指摘する。
安全保障では日米同盟、日本の防衛力の着実な強化という大枠に変化はなく、エネルギー政策では一時稼働を停止していた原発の再開、原発の輸出推進の確認があり、地方自治でも地方行政の構造と機能が大きく変わることはなかった。3.11は「力の均衡を揺るがし、突如として組織の正当性が否定されるようなビッグバンではなかった」というのが著者の結論である。
著者はアメリカを代表する知日派の政治学者で、多くの関係者へのインタビュー、新聞・雑誌、学術書など実に豊富な資料をもとに、多士済々な人物を登場させながら議論を進め、震災後2年ほどで原著を上梓(じょうし)した。原子力規制委員会が昨年11月、高速増殖炉もんじゅの事実上の廃炉を含め運営主体の再検討を文部科学相に勧告したように、日本の核燃料サイクル政策は岐路に立っており、著者の分析を超えた事態が生起している。著者もその点は自覚しており、3.11の影響について答を出すには時期尚早で、そのナラティブは未完成であると認めている。
大震災から5年を経たが、3.11後の安全保障、エネルギー、地方自治をめぐる政策の推移をポイントをおさえて手際良くまとめた類書はいまだ現れていない。短い時間でこれだけの労作を世に問う著者の並々ならぬ力量に改めて感嘆するとともに、この分野で今後出版される多くの研究の第一級の先駆けとなったことを高く評価したい。
(立教大学教授 佐々木 卓也)
[日本経済新聞朝刊2016年4月10日付]
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