0歳もクラシック楽しく
泣く子供のため出入り自由広がる
3月30日午後、東京・池袋の東京芸術劇場コンサートホールに、ベビーカーや抱っこひもで幼い子供を連れた夫婦や祖父母世代の姿があった。同劇場と読売日本交響楽団が2014年から平日の昼間に開催する「0才から聴こう!!春休みコンサート」。通常のクラシック公演ではほとんど見られない光景だ。
開演前、会場のあちこちで子供が泣いたり走り回ったりしている。騒然とした雰囲気の中、楽器のチューニングが始まる。指揮者の梅田俊明が現れるとざわつきは拍手に変わり、ビゼー作曲「『カルメン』前奏曲」が華やかに幕を開けた。
演目は米国の作曲家、アンダーソンの「シンコペイテッド・クロック」、サラサーテの「ツィゴイネルワイゼン」など本格的なものばかり。子供の集中力を考え、1曲の演奏時間は5~10分に抑えた。演奏中でもおむつを交換したり泣く子をあやしたりするためにホールの外に出る親は後を絶たない。だが、読響は白熱の演奏を披露し、多くの子供が食い入るように舞台を見つめた。
授乳室など用意
ビバルディ「春」などを演奏したゲストバイオリン奏者、二瓶真悠は「物静かなコンサートと雰囲気は違うが、子供たちは素直に音楽に耳を傾けてくれた」と笑みをこぼす。3歳の子供を持つ読響のビオラ奏者、長岡晶子も「いつもより演奏中の音が聞こえにくくてやりにくい面もあるが、0歳から生のオーケストラ演奏を聴ける企画は貴重だ」と歓迎する。
演奏中でもホールへの出入りは自由で、この日のためにベビーカー置き場や授乳室、おむつ替えスペースも特別に用意した。生後6カ月の男児と来場した都内在住の女性(31)は「小さな子供を連れて気軽にコンサートに来られるのはありがたい」と喜ぶ。
クラシック公演は未就学児の入場を断っているケースが大半で、オーケストラに子供が接する機会は少ない。しかし、近年では、子供が泣いても自由に会場を出入りして演奏が聴ける公演が増えている。07年に「0歳からのオーケストラ」を始めた東京交響楽団の企画担当、菊沢布美氏は「小さい子供を持つ親御さんたちから、家族そろって公演を楽しみたいという要望がかなりあった」と話す。
東響は10回目となる今年の0歳公演を4月29日、本拠地ミューザ川崎(川崎市)で開く。他にも小中学生を主な対象とした「こども定期演奏会」も年に4回開催しており、「幼い頃オーケストラを聴いた子供たちが大人になるまでずっといい音楽を聴き続けてもらう」(菊沢氏)のが狙いだ。
4月1日、関西のクラシックの殿堂、ザ・シンフォニーホール(大阪市)では子供たちが五感を使って楽しめる演奏会が催された。14年に始まった大阪交響楽団の「0歳児からの光と映像で楽しむオーケストラ」だ。スッペ「『軽騎兵』序曲」など名曲を並べる中、モーツァルト「トルコ行進曲」とスメタナの交響詩「モルダウ」は、舞台上や天井などホール全体に映像や光を投影するプロジェクションマッピングで演出。子供から大歓声が上がった。
飽きさせない工夫
曲の合間には、トランペットの演奏が体験できたり、手拍子でリズムを取ったりできるコーナーを設けて、子供を飽きさせない工夫も施した。舞台上で子供を指導した同楽団トランペット奏者の徳田知希は「全力の演奏に、子どもたちは敏感に反応してくれる」と手応えを感じていた。
ただ、こうした演奏会を開くには、会場に子供用のトイレがなかったり、安全面に配慮して普段よりも多くのスタッフを配置する必要が生じたりして、運営面での課題は多い。東響で子供向け公演の企画を統括する梶川純子・支援開拓本部長は「クラシックファンの裾野を広げるためにも長期的な視点で取り組む必要がある」と話している。
(文化部 岩崎貴行)
[日本経済新聞夕刊2016年4月11日付]
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