山口のはなっこりー 食卓華やぐ
揚げて煮込んで七変化
「はなっこりー」とはブロッコリーのパロディーのような名前だが、その姿も味わいもブロッコリーとは一線を画し、独特の個性を持つ実力派である。
沢田研二さんのヒット曲「勝手にしやがれ」の後に登場したサザンオールスターズの「勝手にシンドバッド」が、パロディーのような曲名でありながら、日本音楽の新たな可能性を示した名曲だったのに例えると、褒めすぎか。
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山口県だけで栽培されているこの野菜は県農林総合技術センター(山口市)が中国野菜のサイシンとブロッコリーを掛け合わせて開発、1999年に農林水産省に品種登録された。
その姿は春にスーパーの店頭に並ぶ食材「菜の花」に似る。ずんぐりしたブロッコリーを指の細さにスリム化したようでもある。収穫期は9月から翌年の6月ごろまで。県内消費が約7割を占めるが、東京や大阪などにも出荷される。
では、香りは? 味は? 食べ方は? 同総合技術センターで現在、はなっこりーの品種改良を手掛けている専門研究員の藤井宏栄さん(45)の一押しの料理は「天ぷらです」。
以前、県内のそば粉にこだわるそば店で、はなっこりーの天ぷらを食べたことがある。「いつも出すわけじゃない。自分でおいしいと思う時期だけ」という店主が揚げた天ぷらは茎が芋のようにホクホクした食感で甘みもあった。
確かに市販される商品の包装フィルムには「サラダ・和(あ)え物・炒(いた)め物はゆでて てんぷらは生のままお使い下さい」と書いてある。
だが、プロの料理人はこのような定番の先を行く。下関市の老舗料亭、古串屋が3月、昼の懐石料理に盛り込んだのは、はなっこりーのグラタン。「茎をつぶし、ホワイトソースを使って作りました。ほのかな苦みを味わえるのが特徴です」と料理長の榊田生さん(60)。緑の彩りがまぶしく、やさしい味わいだ。
卵とクリームを使うフランスの郷土料理「キッシュ」に仕上げたのはワインバー、アルページュ(山口市)のオーナーソムリエ、脇山貴子さん(55)。扇形のキッシュから、はなっこりーが顔をのぞかせる。
合わせるのは仏アルザス地方のゲヴュルツトラミネールというブドウから造った白ワイン。ライチのニュアンスがある。「華やかな香りがこの料理を引き立てます」と脇山さん。鶏のトマト煮込みにも入れた。
山口県で、はなっこりーの料理は七変化を遂げている。サイシンのカラシのような風味も持ち合わせるので熱い油でさっといため紹興酒と楽しんでもいいな、と想像が膨らんだ。
この野菜の開発に同総合技術センターが着手したのは89年。狙ったのは軽量化だ。「キャベツや白菜といった露地野菜は重い。女性や高齢者が生産できるよう軽くした」と専門研究員の藤井さん。野菜が嫌いでも食べられるよう甘みも味わえるようにした。
サイシンとブロッコリーは95通りの野菜の組み合わせから選んだ。「できた当初は普及させるのに苦労した」(藤井さん)が、今では山口、宇部、下関市などで生産されている。
ただ、天候不順などもあり、近年の出荷量は減少気味。2014年産の栽培面積は18ヘクタール、出荷量は120.3トンだ。
県農業振興課ではなっこりーを担当する杉山久枝さん(38)は「生産者は女性が多い。今後、栽培面積や出荷量を増やしていきたい」と語った。
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3月8日の午前10時すぎ、山口市南部の生産地を訪ねると女性が集まって朝に収穫したはなっこりーの出荷作業をしていた。約1500平方メートルの畑で栽培する保坂麗子さん(47)のグループだ。主婦でピアノの先生をしている保坂さんは、近所の農家に誘われて09年に栽培を始めた。
「できは天候に左右されますが、重くないのがいい」(保坂さん)。仕事場には笑い声が響いていた。生産から消費者の口に入るまで多くの女性がかかわる、はなっこりー。実は名付け親も女性だった。現在、県下関農林事務所に勤務する岡藤由美子さん(54)だ。岡藤さんは開発者の一人で、藤井さんは後を引き継いで研究している。
はなっこりーという名前は「かわいらしく、親しみやすい野菜に育ってほしい」という岡藤さんの思いが詰まっている。
はなっこりーは加工品の開発も進んでいる。昨年12月に「はなっこりーの花ふりかけ」を売り出したのは山口市の「JA秋穂女性加工部あいおっ娘」など。黄色い花弁を活用した。かつお節やゴマなどを混ぜたふりかけで、食卓に彩りを添える。価格は40グラム入りパックで540円。直売所や道の駅などで扱う。
山口地ビール(山口市)は、はなっこりーを原料に使った発泡酒の生産を計画している。はなっこりーの料理と酒を合わせて楽しめる日も遠くなさそうだ。
(山口支局長 伊藤健史)
[日本経済新聞夕刊2016年3月29日付]
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