アジアとの交流、再発見 瀬戸内国際芸術祭2016開幕
瀬戸内の島々で現代アートの祭典「瀬戸内国際芸術祭2016」(瀬戸芸)が開幕した。海を渡り、島を巡りながら地域の歴史と深く交わり、アジアとのつながりを感じることができる。
香川県直島町の「直島ホール」に足を踏み入れると広々とした空間が広がり、ヒノキの澄んだ香りに包まれる。平屋建てだが高さ13メートル、延べ床面積1000平方メートル。建築家の三分一(さんぶいち)博志が設計した多目的施設で、出展作品の一つでもある。
環境のまちの象徴と位置づけるこの町民会館は自然エネルギーを活用する。設計前に2年半直島に通って風や水、太陽の動きを詳しく調べた。「400年以上前に建てられた家々は南から吹く風をうまく取り込む作りになっている」と三分一。その工夫に倣って、屋根の頂点に風穴を設けた。
先人の知恵息づく
風が穴に吹き込むと気圧差が生じて室内の空気が上昇。代わりに床の所々に設けた隙間から地面近辺の冷気が入り込む。「まさに天然の空調設備」という。三分一は「はるか昔の建物に先人の知恵が息づいている。現代へのメッセージとして受け止め、建物を通して未来に継承したい」と力を込める。
瀬戸芸は3年に一度の開催で、今回が3回目。12の島々と2つの港を会場に、34の国・地域の作家による作品約200点を展示する。会期は春・夏・秋に分かれ、計108日。前回はのべ107万人の来場者を記録し、国際的にも注目される芸術祭になった。
第1回から「海の復権」をテーマに地域の魅力や文化を発信してきた。今回は「アジア」「食」を新たな柱として加えた。全国で現代アートイベントが乱立する中、瀬戸内開催の意義を深めようという狙いがある。第1回から総合ディレクターを務める北川フラムは「瀬戸内海は古くからアジアと日本をつなぐ交通の要衝。交流の海として捉え直したい」と強調する。
小豆島ではインドと日本の若手アーティスト26組を紹介する「未来プロジェクト」を実施。かつて真珠養殖で使っていた空き倉庫では2人組ポーズ&ラオの作品「Someone's Coming!」を展示する。来場者の動きをセンサーで感知し、白いキャンバスがかすかに揺れる双方向性を持つ。さざ波のように揺れるキャンバスがすぐそばの浜辺と共鳴し、この地で営まれてきた真珠養殖の歴史、人びとの暮らしぶりを想像させる。
古い倉庫は日本の建築家集団ドットアーキテクツがリノベーションした。四方の壁に帯のような切れ目を入れて外光を取り込む。土着の記憶と日本、アジアの作家の新たな感性が交わる。未来プロジェクトのディレクターを務める美術家の椿昇は「日本人はアジアと交易しながら技や考えを吸収した。作品制作を通し互いに学び合う場を再現したかった」と話す。
開幕前には「瀬戸内『食』のフラム塾」と銘打った講座を開き、一般の参加者約100人が受講した。修了者はボランティアとして働き、春会期だけで14カ所の飲食店でたこ飯や野菜のジェラートなど地場産品を使った食事を観光客やアーティストらに振る舞う。飲食店は夏以降さらに増え、食べ物で制作者と鑑賞者の垣根を越えた交流を促す。
地域再生の役割
瀬戸芸は地域に新たな芽を育みつつある。人口200人に満たず、過疎に悩む男木島ではアーティストらの移住が相次ぎ、休校中だった高松市立男木小・中学校が14年から再開。校舎は現在新築中だ。今回、ブラジル人作家が既存の体育館の外壁に青空を題材にしたモザイク壁画を描いた。現在進行形で再生が進む島の姿から芸術の役割が浮かび上がる。
瀬戸芸は船で島を渡らなければ作品が見られないという不便さを魅力に転化し、地域再生に取り組んできた。瀬戸内の歴史を掘り下げた作品群は未来へと導く発見や創造に満ちている。春会期は4月17日まで。
(大阪・文化担当 安芸悟)
[日本経済新聞夕刊2016年3月28日付]
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