夏をゆく人々

昨年のカンヌ映画祭でグランプリを獲得した作品。33歳のイタリアの女性監督、アリーチェ・ロルヴァケルの長編第2作だ。自然の多彩な表情を捉える画面には瑞々（みずみず）しさがみなぎり、そこに現代文明への危機感が鋭く表れる。これまで見たことのない独創的な映画感覚に深く魅了される。

舞台はイタリア中部トスカーナ地方の田舎。ヒロインは13歳の少女ジェルソミーナで、4人姉妹の長女だ。昔ながらのやり方で養蜂を営む父親とともに蜂蜜作りを行い、今や父親よりミツバチに親しんでいる。

ある日、テレビ番組のクルーがこの土地を訪れ、各種産業のコンテスト形式でここに根づくエトルリア文化を紹介したいという。ジェルソミーナは古代の女神のような司会者（モニカ・ベルッチ）に魅せられ、番組への出演をもくろむ。

一方、父親は犯罪少年の更生事業に賛同し、窃盗と放火で捕まった14歳のドイツ人少年を預かり、養蜂を手伝わせる。テレビ番組の収録が行われた日、ドイツ人少年が失踪する……。

ともかくこれほど繊細かつ生々しくイタリアの自然が画面に定着されたことに驚くほかない。光の照り翳（かげ）り、風の感触、草木の緑。イタリアという地にはまだ汎神論的古代が生きていることに感動させられる。だが、それは時間の停止した絵画的な美しさではない。まぎれもなく現代の空気を呼吸する、ジェルソミーナの父親がいうような、世界は終わりに近づいているという危機感をはらんだ重層的な美の感覚なのだ。

畑の土壌は農薬に汚染され、暴君の父親が支配する家族は解体寸前に見える。そんな世界にあって、ミツバチと交感する少女や、突然一家のペットになったラクダ、石器時代の壁画が浮きだしそうな洞窟など、無条件に我々の古代的感覚を目ざめさせる細部がすばらしい。新たな才能の出現だ。1時間51分。

★★★★★

（映画評論家　中条　省平）

［日本経済新聞夕刊2015年8月21日付］