ライフコラム

エコノ探偵団

プレミアム商品券 地方消費の呼び水か、ばらまきか

2015/2/11 日本経済新聞 朝刊

 「プレミアム商品券を扱う地域が増えているようだけど、経済効果は大きいのかしら」。事務所に立ち寄った女子学生の質問に探偵、松田章司が関心を示した。「今年は国がプレミアム商品券の発行元に交付金を出すようですね。調べましょう」

■地方の消費 底上げを期待

 最初の訪問先は、今年度にプレミアム商品券を発行した秦野商工会議所(神奈川県秦野市)。専務理事の栗原政男さん(60)に発行の仕組みや狙いを尋ねた。

 「消費者がお金を出して一定額の商品券を買うと地元でプレミアム分を上乗せした金額の買い物ができる商品券です」と説明を始めた。発行元は自治体や商工会議所など。秦野商議所は3回目となる今年度に1セット(500円券22枚つづり=1万1000円分)を1万円で販売。1人5セットまでの制限を設けて総額3億3千万円分を完売した。10%のプレミアムのうち8%分を秦野市、2%分を商議所が負担している。

 「昨年4月の消費増税の影響を緩和し、消費の呼び水になればと考えました」と栗原さん。過去2回の発行はリーマン・ショック後の2009年度と東日本大震災が起きた後の11年度。厳しい経済環境の下で消費の底上げを狙い、一定の効果があったという。「商品券には、おつりが出ないので現金と合わせて使う人も多いですね」

 「全国にどれくらい普及しているのかな」。次に日本商工会議所へ。全国の商議所向けアンケート調査によると、13年度までの5年間のうちにプレミアム商品券を発行した実績があるのは全体の約75%。「自治体からの要請も多く、この割合はさらに高まりそうです」と流通・地域振興部課長の岡本大輔さん(41)。

 「経済効果の具体的な数字が知りたいな」。章司は新幹線に乗って関西へ。まず、10年に総額80億5千万円のプレミアム商品券を発行した大阪府庁に向かった。「商品券がどれだけ新たな消費を生み出したかを示す“消費喚起額”に注目しています」。商業・サービス産業課課長補佐の宮崎豊さん(45)は当時の報告書を開きながら解説した。

 利用者へのアンケート調査で「プレミアム商品券がなかったら買わなかった商品」の金額などを集計し、35億5千万円の消費が新たに生まれたと試算。これは商品券の発行総額の約44%に相当する。さらに、産業連関表や部門別の自給率などを基に府内の生産額を25億7千万円、原材料費などを除いた「付加価値」を14億円増やしたと推計した。「短期の景気浮揚策として効果がありました」

 奈良県庁にも足を運んだ。奈良県は10年度以降、自ら発行したり、発行する市町村を支援したりしながら継続してきた。産業政策課長の前阪祥弘さん(54)は「奈良県に住みながら大阪など県外で働く人が多い影響もあり、奈良県民は県外で買い物をしがちです。プレミアム商品券は地元限定なので、県内消費を促す効果を期待できます」

 東京に戻った章司に、消費動向に詳しい日本リサーチ総合研究所主任研究員の藤原裕之さん(45)が声をかけてきた。「自治体は消費喚起の効果を強調しますが、その結果、税収は増えたのか、消費の反動減はなかったのか検証ができていません。しかも最近、消費喚起の効果も小さくなっている可能性があります」

 藤原さんによると、最近の消費者には値段は高くても質の高い商品を求める「品質志向」と無駄遣いをしない「節約志向」が同居している。プレミアム商品券で高額品を買う人がいる一方で、日用品の購入に回してプレミアム分だけ節約している人も多いとみる。「節約目的なら消費の総額は増えません。所得が低い人ほどプレミアムの恩恵は大きいとの見方もありますが、所得再分配というほどの規模ではありません」

 「今年は国がプレミアム商品券の発行元に交付金を出すそうだね。財政負担に見合う効果があるのかな」。中間報告で所長に突っ込まれ、言葉に詰まった章司は再調査へ。

■国主導にバラマキ懸念も

 「富裕層が多く住み、自治体の財政に余裕がある地域や、全国での知名度が高く販売対象を住民以外にも広げられる地域などが商品券を活用するのはわかります。大きな波及効果を期待できるからです」。第一生命経済研究所首席エコノミストの熊野英生さん(47)は国の交付金には反対だという。「国主導で全国一律に発行すると一時的に消費は増えますが、翌年には一斉に反動減が起きます。国の税収は増えず、バラマキ政策になる恐れがあります」

 国際基督教大学客員教授の八代尚宏さん(68)にも評価を聞いた。「国による地方商店街の保護政策とみています。非効率な産業を保護すると、経済学でいう資源配分のゆがみが生じかねません」とばっさり。消費を喚起するには「潜在需要を掘り起こすことが大切です。例えば介護市場の規制緩和を進め、介護サービスへの報酬を増やせば消費の底上げになります。消費喚起にはバラマキ政策ではなく産業の新陳代謝を促す成長戦略こそ有効なのです」。

 「通常よりも詳しく調査する“プレミアム探偵券”を発行して依頼人を増やしましょう」と提案する章司に「プレミアム率を相当高くしないと依頼人は満足しないぞ」と所長がチクリ。

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■独自性と継続性が大事

 プレミアム商品券を発行してきた自治体や商工会議所の担当者からよく出てくる言葉は「独自性と継続性」だ。

 まず独自性。使える地域を限定する仕組みは同じだが、他地域にはない特色を出しているところが多い。例えば京都府は介護保険サービスを利用せずに満90歳を迎えた人に3万3000円分のプレミアム商品券を無料で配っている。高齢者支援課課長の藤井和男さん(53)は「健康を維持する高齢者とその家族の長年の努力に報い、地域経済の活性化にも役立てる狙いです」と説明する。

 秦野商工会議所(神奈川県秦野市)が2011年度に発行したときは「前年比で15%以上の節電」を販売の条件とし、節電の流れに協力した。

 そして継続性。政府は昨年末にまとめた緊急経済対策の中にプレミアム商品券のほか、ふるさと名物商品券・旅行券、低所得者向け商品・サービス購入券などへの交付金を盛り込んだ。「国の交付金を当て込んで地方が横並びでプレミアム率を高めたりすると来年に反動が起きるのは確実。交付金を活用するにせよ、あくまでも一時的な措置だと住民に丁寧に説明しないと混乱が起きる」と懸念する声は多い。

 春の統一地方選をにらみ、「地方創生」を前面に出す安倍晋三政権。地方の側は政権の意図を見抜き、冷静に対応しているようだ。

(編集委員 前田裕之)

[日本経済新聞朝刊2015年2月10日付]

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