クラシック逆転発想 リモートの不自由さ生かす新曲
収束の見えないコロナ禍によって、コンサートの観客や演奏者には依然様々な制約が課されている。だが、その不自由さを逆手に取って、クラシックの奏者らが新たな表現を試みている。
ステージ上にはバイオリンや尺八といった多彩な楽器の奏者が立ち、ゆっくりと音を出していく。そこに子どもたちが加わり、紙をパタパタさせたり、鈴を鳴らしたりして響きに厚みを加える。聴いたことのない新鮮なアンサンブルだ。
9月26日、東京・池袋の東京芸術劇場で現代音楽祭「ボーン・クリエイティブ・フェスティバル(ボンクリ)」が開かれた。メインの演奏会を飾ったのは、英国在住の作曲家、藤倉大が作曲した「Longing from afar(遠くで思う)」。会えない奏者や歌い手がリモートで合奏することを想定して書いた曲で、この日初めて舞台上で演奏した。
コロナ禍によって舞台で合奏できなくなった多くの音楽家がリモート演奏に取り組んできた。だが、藤倉は「リモートですべきでない曲をやると無理が生じる」と感じた。指揮者の山田和樹の依頼があり、新曲を書くことになった。
音のズレを味わう
ポイントの一つは「音のズレをセレブレート(祝福)する」こと。リモートで合奏すると通信の時差でどうしても音がズレる。それを逆手にとり、音がズレてもハーモニーが濁らないように工夫し、逆に聴きどころに変えた。人が対面できず、すれ違いながらも調和を保つ今の社会を象徴するようだ。
スティーブ・ライヒのように単純な旋律を反復し、ズレていく感覚の妙を味わう現代音楽はこれまでもあったが、藤倉の作品は一味違う。藤倉自身もロンドンからリモートでアンサンブルに参加し、キーボードを弾いた。「コロナ下こそ、リーダーが必要で力が問われる。だがリーダーが偉いわけではなく、皆が納得しなければならない」と訴える。この主張もまた音楽界が抱える課題の世界情勢への反映に思えてくる。
今年で4回目の開催となったボンクリ全体が「特殊な状況を生かす」発想で企画された。ノルウェーなどから音楽家を招く計画だったが、入国が困難になったため企画は来年に順延し、邦楽器に焦点をあてた。出演した尺八の藤原道山は「伝統楽器と呼ばれるが、今を生きる楽器だと感じてもらえたのでは」と語る。
リアル超える配信
リモート配信とリアルのライブを組み合わせたハイブリッド型の演奏会も広がっている。映像や現代アートを組み合わせ、リアルのライブでは不可能な表現を試みる。
日本フィルハーモニー交響楽団が13日、演出にメディアアーティストの落合陽一を招き、東京芸術劇場で開催する公演のタイトルは《 する音楽会》だ。先が読めない状況を反映して空白にしており、公演が終わってから発表する。
会場の最高額の席と、配信のチケットは同額の6000円に設定した。配信でもリアルのライブに負けない付加価値を提供するという意気込みの表れだ。会場でも音楽に合わせて映像を流すが、配信にはまた別の映像演出が付く。落合は「配信で見る人と、現場で体験する人が同等の違った面白さを感じる状況を創る」と強調する。
同公演でも藤倉の「Longing from afar」が演奏される。舞台上の日本フィルに、海外の音楽家がリモートで参加する。「(奏者は)デジタルでつながり(会場で)聴く人はアナログ」(落合)という状況を楽しんでもらう狙いがある。
古典のストラヴィンスキー「兵士の物語」(組曲版)も演奏する。1918年の初演後、スペイン風邪の流行と第1次世界大戦のため、ストラヴィンスキーが予定していたツアー公演ができなくなったいわくのある作品だ。音楽が阻害されるような社会状況でも、優れた作品は歴史を超えて残るという示唆だろう。
指揮者の海老原光は「不謹慎かもしれないが、この状況こそが新しいものを創造するチャンス」と意気込む。音楽はコロナの逆境を跳ね返せるか。挑戦が続く。
(西原幹喜)
[日本経済新聞夕刊2020年10月12日付]
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