宅地で根付くとんかつ店 「中食」テコにファンを開拓
住宅地に近いエリアに飲食店を出店する場合、いかにファン(リピーター)を確保するかが成功のカギになる。西武池袋線・大泉学園駅から徒歩3分にある「とんかつ多酒多彩(たしゅたさい) 地蔵」は、そうした店づくりの参考が詰まっている。
地蔵は午前11時半の開店から閉店までにぎわいが続く。2007年のオープン以来、50平方メートルの店舗で月商は600万円オーバーだ。
魅力は徹底したホスピタリティーの良さにあると筆者は感じた。とんかつは肉厚でボリュームがあり、食べ応えは十分。ロースカツ定食(1380円)は、130グラムのカツに小皿、味噌汁、ご飯がつく。80~95グラムのカツとご飯、味噌汁で同程度の価格のチェーン店があることを考えると値ごろだ。ご飯、味噌汁、キャベツがおかわり自由なのも心をつかむ。
店側の心配りを感じるのが、ソースやドレッシングなどのテーブルセットだ。ソースはお好み焼きソースのような甘口とスパイシーな辛口の2種類を用意。ドレッシングはノンオイルのシソ風味、濃厚なゴマ風味、そしてオリジナルのシソドレッシングが並ぶ。
ご飯は白米と雑穀米から選べる。あえて女性用の小さい茶わんで提供するのは、おかわりの回数を増やして、食べごろの温度のご飯を食べてもらいたいという配慮だ。
とんかつ店は味にこだわるがおかわりサービスが無い専門店か、おかわりサービスがあるが肝心のカツは味が画一的なチェーン店に分かれるように感じる。地蔵は専門店とチェーン店の良さを併せ持っている。
オーナーの馬屋原誠さんは大手とんかつチェーンで10年間勤務した後、同店を開業。「チェーンでは学ぶことが多かったが、規格外のサービスができないので、もどかしかった。お客様がどうしたらもっと満足してくれるか考え、実行するのが楽しい」と動機を話す。
人気店だがそれ故の悩みもあった。居抜きで開業したため、4~6人がけのテーブル席がわずかに4つで、相席にしてもすぐに埋まってしまう。「満席になっても売り上げが頭打ちになって困った」という。
目をつけたのが持ち帰り客だ。持ち帰り需要を掘り起こせば、売り上げが伸びると入り口にショーケースを設置。食品サンプルを飾り、持ち帰り営業をアピールすると、設置からわずか3カ月で持ち帰りの売り上げが5倍に伸びた。
「当初食品サンプルの仕上がりに期待していなかったが、試しに依頼したところ完成度が高くて驚いた」と馬屋原さん。実は筆者もホンモノだとだまされたぐらい。SNSなどを活用した集客対策が話題だが、食品サンプルの活用やおかわり自由など、アナログな取り組みでお客を満足させて集客に成功している地蔵に学ぶことは多い。
(フードジャーナリスト 鈴木桂水)
フードジャーナリスト・食材プロデューサー。美味しいお店から繁盛店まで、飲食業界を幅広く取材。"美味しい料理のその前"が知りたくて、一次生産者へ興味が尽きず産地巡りの日々。取材で出会った産品の販路アドバイスも行う。
[日経MJ 2019年3月15日付]
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