受験にカツ丼・キットカット なぜ日本人はゲンを担ぐ
受験の季節。縁起のいい食べ物でゲンを担ぐ人は多い。そもそも日本人はなぜゲンを担ぎたがるのか。語呂合わせに科学的な根拠はないが、不安の解消という効果は意外とあなどれない。
ゲン担ぎの歴史は古い。「めでたい」の鯛(たい)や昆布は古くから縁起物とされてきた。昆布は戦国時代、打ち鮑(あわび)、勝ち栗とともに「三献の儀」として出陣前に供されたという。
現代、受験前定番のゲン担ぎ飯といえば、「勝つ」に直結するカツ料理だろう。飲食・美容情報誌「ホットペッパー」のゲン担ぎグルメ調査(2017年)では、1位カツ丼、2位カツカレーと上位を独占した。だが、トンカツが日本に広まるのは大正時代以降とされ、比較的新しいゲン担ぎといえる。
3位の昆布は「喜ぶ」、4位のレンコンは「見通しがよい」にちなんだ食材。5位は「粘る」、6位は「良い結果を結ぶ」、7位はやはり「勝つ」、10位は「入校」の語呂合わせだ。8位はオクトパス(タコ)を「パス(合格)」、9位も「ウイナー(勝者)」という英語に引っかけた。
地吹雪が視界を遮る青森県五所川原市。鯛にまつわる個性的なゲン担ぎがあると聞き訪ねた。日本そばに揚げたたい焼きが1匹のった「あげたいそば」。恐る恐る口に入れた。上品なあんこと甘辛いつゆの相性は悪くない。天ぷら代わりと思えば違和感も薄れる。
有名な夏祭り、五所川原立佞武多(たちねぷた)の山車が展示されている「立佞武多の館」の展望ラウンジで味わえる。受験期に合わせた2月末までの限定メニューだ。館長の菊池忠さんは「合格させてあげたい、という気持ちを込めて5年ほど前から出している」という。
あげたいは、近くのたい焼き店「みわや」の人気商品。店主の神千代茂さんは売れ残りを捨てるのが嫌で試しに揚げてみた。地元の高校生らに試食してもらうと大好評で1995年に「あげたい」を商標登録。神さんは「合格したとの報告が何よりうれしい」と話す。訪ねた1月は市議会選挙期間中。40個まとめ買いする選挙関係者もいた。
古今東西、なぜゲン担ぎがはやるのか。1つは「めでたい」のように、似た良い言葉やものに基づき良い結果を願う心理だ。学問的には「類感呪術」という考え方で世界中にあるという。「日本人の縁起かつぎと厄払い」の著書がある国学院大学の新谷尚紀教授は、さらに「言霊思想」をあげる。「日本には言葉は霊的な力を持つという思想があり、ゲン担ぎで自分に暗示をかけて不安を解消すれば受験や勝負に集中できる」
新谷教授は「キリスト教やイスラム教など既成宗教の強い国では、ゲン担ぎのような民俗信仰は排除されがち。日本の宗教的なあいまいさが、生活の中から生まれた自由な民俗信仰を広めてきた」と指摘する。遊び心が生んだのが五所川原のねぷたであり、あげたいそばだった。
そんな自由なゲン担ぎが受験生支援に広がったのが菓子の世界。先駆けはネスレ日本だ。同社の調査で「5人に1人が試験会場に持ち込む」という「キットカット」は、90年代末に九州の方言「きっと勝つとぉ」に重ねてヒットした。同社はホテルなどと連携、商品や絵はがきを受験生に手渡す。栗山米菓の「ばかうけ」を広めたのは受験生自身だったという。期間限定商品に入っている絵馬を同社に郵送すると、社内の「ばかうけ稲荷」に奉納してくれる。
機能性を重視した商品も登場している。フジッコのカスピ海ヨーグルトは「粘り」の語呂合わせだけでなく免疫力アップや整腸作用が期待できる。山崎製パンは記憶力を高める効果があるとされるドコサヘキサエン酸(DHA)入りのスポンジで巻いた「ウカロール」を発売。ゲン担ぎで不安を減らし、栄養面でも力を付ければ、本来の実力を発揮できるかもしれない。
(大久保潤)
[NIKKEIプラス1 2019年2月2日付]
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