映画『運命は踊る』 悪を認めぬ戦争の残酷さ
昨年のヴェネチア国際映画祭で審査員グランプリを受賞したイスラエルの話題作である。
中年男ミハエルと妻ダフナのもとに、息子ヨナタンの戦死の報(しら)せが届く。ダフナは失神し、ミハエルは無理をして平静を装うが、一家は計りしれない衝撃に傷つく。ところが、戦死は誤報だった。ミハエルは怒り狂い、コネを使って、息子を戦場から呼び戻すように画策する。これが新たな悲劇の始まりだった。
いっぽう、国境で検問に当たるヨナタンの生活は、兵士の日常勤務の退屈きわまるくり返しに、検問で通過車両をとり調べるわずかな時間の緊張が交錯するものだった。ある夜、若い4人の男女を乗せた車が国境を通ろうとして、ヨナタンが検問に当たる。乗客の魅力的な女が、車のドアに挟まったスカートを直そうとした瞬間……。
いまだに激しい緊張状態が続くパレスチナの国境地帯を舞台にした戦争映画だが、いっさい戦闘場面は出てこない。戦場に置かれた息子をめぐってたえずストレスにさらされている両親の心理と、息子の兵士としての生活が対照されている。映像は冷たく澄みきって、スタイリッシュともいえる画面構成はしばしば陶然とするような美しさを漂わせる。とくに、何もない戦場で何も起こらない兵士たちの生活のありさまを描く場面が秀逸だ。
しかし、後半にむかってドラマのひねりが強烈に作用し、悪を認めない戦争の異常な残酷さが一気にクローズアップされる。それが冷徹な画面で機械的に描かれるだけに、ショックはかえって大きい。
しかも、息子の戦場からの帰還で平静に戻ったはずの夫婦の心理状態にとり返しのつかない変化が訪れている。いったい、何が本当に起こったのか? シナリオの巧妙さに唸(うな)らされる。1時間53分。サミュエル・マオズ監督。
★★★★
(映画評論家 中条省平)
[日本経済新聞夕刊2018年9月28日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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