映画『判決、ふたつの希望』 対立が生む憎悪の連鎖
近年の中東諸国は世界の火薬庫に等しいが、レバノンでもキリスト教とイスラム教、親シリア派と反シリア派などの対立、パレスチナ難民の問題が続き、複雑な政治的状況にある。
そんなレバノンの首都の街中で起きた住民同士のささいな諍(いさか)いが宗教や民族の対立に広がっていく様子とその憎悪の連鎖を描いた社会派ドラマだ。フランスとの合作とはいえ珍しいレバノン映画である。
ベイルートの住宅街。違法建築の補修作業をするパレスチナ人の現場監督ヤーセル(カメル・エル=バシャ)は、アパートの水漏れが原因で住人のトニー(アデル・カラム)と口論となる。ヤーセルは思わず悪態をついて罵るが、トニーも黙ってはいない。
レバノン人のトニーは、キリスト教マロン派の民兵組織に由来する政党「レバノン軍団」の熱烈な支持者であり、かつて起きたダムールの虐殺などでパレスチナ人に反感を抱いていた。2人のささいな争いの背景には宗教や民族による根深い対立があった。
ヤーセルの会社の上司はことを丸く収めるためヤーセルを説得して謝りに行かせる。だが、今度はトニーがヤーセルを侮辱し、ヤーセルは思わず彼を殴ってしまう。怒ったトニーはヤーセルを告訴する。
ここから裁判シーンが始まるが、やがて裁判は2人の思惑を超えて社会に広がり、レバノンの社会的な対立をあぶり出していく。
映画はレバノンの実情を知らなくても、今日の世界に見られる憎悪の連鎖に重なるように描き出しているが、敵対する両者が共に心の痛みを抱えていることを強調しているのは秀逸だ。
レバノン出身のジアド・ドゥエイリ監督は「西ベイルート」などで知られるが演出はリアルで手堅い。ヤーセル役のパレスチナ人俳優とトニー役のレバノン人俳優が共に好演している。1時間53分。
★★★★
(映画評論家 村山匡一郎)
[日本経済新聞夕刊2018年8月24日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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