『ラッキー』 死を思う老優にささぐ
「パリ、テキサス」「レポマン」などで知られる俳優のハリー・ディーン・スタントン。去年91歳で亡くなった彼が主演した遺作である。アメリカ南部の田舎町で一人暮らしをする老人が死と向き合うようになる姿を、日常の日々から静かに描き出している。
朝、90歳になるラッキー(ハリー・ディーン・スタントン)はベッドから起き出し、ラジオをつけ、タバコを吸い、ヨガをやる日課をこなして外出。行きつけの食堂でクロスワード・パズルに没頭し、街をぶらつき食料品店で牛乳を買う。帰宅後にテレビを見て、夜は酒場に行く。
主人公はタバコ好きな偏屈な老人だが、例えば「孤独」と「一人暮らし」は違うなどの言辞を吐く一言居士であり、独特な世界観を持っている。そんな主人公にスタントンはぴったりであり、まさにスタントンに捧(ささ)げられた世界である。
ラッキーの日々の生活は同じ繰り返しだが、翌日は少し違った。朝のコーヒーを飲もうとして倒れ、食堂ではいつもの席が若者に占められ、食料品店では女主人の子供の誕生パーティーに招かれる。そして酒場では遺言を書くように勧める弁護士に喧嘩(けんか)を売る。
そんな変化に敏感になる主人公の心に死への怯(おび)えが芽生え始める。食堂で退役海兵隊員から沖縄の悲惨な戦場で出会った微笑(ほほえ)む少女の話を聞いた日、ラッキーは酒場で常連に「すべては無だ」と語り、その後は微笑むだけだと告げて去る。
老齢から忍び寄る死への思い。これが監督デビュー作となる俳優のジョン・キャロル・リンチは、けれん味のない演出でスタントンの存在感と禅の悟りに似た死生観を浮き彫りにする。
面白いのは主人公の友人(デヴィッド・リンチ)と彼が飼うリクガメの話。長寿を誇るカメが冒頭とラストで荒野をのっそりと歩き回る姿は象徴的である。1時間28分。
★★★★
(映画評論家 村山匡一郎)
[日本経済新聞夕刊2018年3月16日付]
★★★★☆ 見逃せない
★★★☆☆ 見応えあり
★★☆☆☆ それなりに楽しめる
★☆☆☆☆ 話題作だけど…
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