東京フィルメックス、インドネシア若手監督に勢い
アジアの新進監督の秀作映画を集めた第18回東京フィルメックスは、インドネシアの若手女性監督の2作品を最優秀作品賞に選び、26日閉幕した。東南アジアと中国の勢いが際立っていた。
砂ぼこり舞う荒野にマカロニウエスタン風の音楽。最優秀作品賞のモーリー・スリヤ監督「殺人者マルリナ」はインドネシアで撮影されながら、まるで西部劇のような光景が展開する。
マルリナの家を強盗団が襲う。家畜も貞操も奪われたが彼女はひるまない。ベッドで首領の首をはね、仲間たちを毒殺する。さらに正当防衛を主張するため、生首を抱えて町へ向かう。旅の途中で出会った妊婦もまた虐げられていた……。
女を慰みものにし、酷使し、子を産む道具としか考えない男性優位社会に、女性たちは猛烈に反撃する。妊娠中の性欲もあっけらかんと話す。フェミニズム映画の主題を西部劇のスタイルで語る痛快な活劇だ。
「都会育ちの私は、地方の登場人物に共感しづらい所もあったが、西部劇に仕立てることで接近できた。観客も同様でないか」とスリヤ。アジアの過酷な現実を描きながら、異国情緒に頼らず、普遍的な映画言語で語る意志が力強かった。
中国も野心的
最優秀作品賞を分け合ったカミラ・アンディニ監督「見えるもの、見えざるもの」は、これとは対照的な美しいファンタジー。双子の姉が、難病で死に向かう弟を思いやる。2人は月夜に鶏や猿の姿となって踊る……。バリ島の伝説を流麗な映像でよみがえらせた。
作風の違う2本の最高賞受賞は進境著しいインドネシア映画の活気を示した。スリヤ作品はインドネシア映画界を主導する監督ガリン・ヌグロホの原案、アンディニはヌグロホの娘だ。
東南アジアの勢いはフィリピンのアドルフォ・アリックスJr監督「暗きは夜」にもあった。麻薬撲滅を強権的に進めるドゥテルテ大統領のラジオ放送が流れる街で、麻薬取引の末端の庶民が足を洗おうとして陥る悲劇を描く。原一男審査委員長は「社会派は今フィリピンにある」と称賛した。
コンペ9作品中3本を占めた中国映画も野心的だった。ツァイ・シャンジュン監督「氷の下」は近年隆盛の中国製フィルムノワール。警察への密告で食いつなぐ男が、ある事件に巻き込まれ、魂を変質させていく。犯罪映画の形式を借りて、東北部のロシアとの国境地帯に渦巻く現代中国人の欲望を痛烈に批判した。
中国の現代美術家シュー・ビンの「とんぼの眼」にも驚いた。女を男が追うたわいない物語だが、全編を監視カメラの映像で構成している。劇映画なのに俳優もカメラマンもいない。「意図せず撮られた映像が語るのは、人間がいかに愚かに生きているかだ」とシュー。
勢力地図に変化
「インドネシアとフィリピンの若手の勢いは、ヌグロホやブリランテ・メンドーサらの影響力が大きい。権力の腐敗も描くようになった中国映画はもっと選びたかった」と市山尚三プログラムディレクター。アジア映画の勢力地図の変化と若手監督の表現の洗練ぶりが端的に表れていた。
開会式で「どちらが深く作品を読み解けるか。審査員と競ってみませんか」と観客を挑発した原一男が率いる審査員団は、閉会式で異例の全作品へのコメントを出した。「観客の読み解く能力が低く、批評の質が低いと、作家は育たない」と原は近年の日本の映画状況に危機感を表明した。
仏の批評家ジャン=ミシェル・フロドンらを招いた国際批評フォーラムも盛況だった。上映後の鋭い質問が示す通り、フィルメックスは国内の映画祭で最も眼力のある観客が集まる。だからこそ批評の再生もこの映画祭に課せられている。
(編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2017年11月28日付]
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