隣人は宇宙人 地球侵略や温暖化テーマの邦画相次ぐ
ごく平凡な姿かたちの隣人が実は宇宙人だった――。そんな日本映画が相次ぎ公開されている。身近に忍び寄る異星人たちのスクリーンへの出現は、世界を覆う社会不安の反映なのか?
黒沢清監督「散歩する侵略者」(9月9日公開)は、地球侵略の先遣隊として異星から送り込まれた3人の宇宙人を巡る物語だ。
彼らは現実の人間の身体を借りているので、周囲の人々は宇宙人だと気づかない。ただ何かのショックで記憶を失って、人格がすっかり変わってしまったと考える。行方不明だった夫(松田龍平)を迎えた妻(長澤まさみ)もそう思った。
3人は日本の地方都市に潜入し、人間について調査している。出会った人間の額に触れて、様々な「概念」を奪い、学習する。家族、自由、所有、仕事……。
地球侵略の準備は着々と進んでいるのだが、街は普段の光景のままだ。でもどこかおかしい。国家は何かに気づいている。不穏な空気を感じ取ったジャーナリスト(長谷川博己)の前に奇妙な少年が現れる……。
劇作家・前川知大の舞台の映画化だ。黒沢は「数人の一般市民の右往左往という最小限の描写で、世界的危機や不安といった大きなことが扱えるところにひかれた。原作の世界観は僕の感覚と共通する」と語る。
日常に潜む恐怖
忍び寄る戦争の危機はトランプ政権の米国と北朝鮮の緊張が高まる今の世相を想起させるが、原作の初演は12年前。黒沢も早くから映画化を目指してきた。不穏な世界情勢について黒沢は「気にはなるが、それを象徴したり、批判したりするつもりはない」という。
むしろ「危機はだいぶ前からあった」と考える。「それが現実に見えてきたのではないか。危機はあったが人々は見ないふりをしていた」と黒沢。1990年代から平穏な日常の裂け目に現れる非日常の恐怖を描いてきた人らしい卓見だ。
昨夏公開された阪本順治監督「団地」にも、普通の市民に偽装した異星人が登場する。古い団地に現れた青年(斎藤工)は、ちょっと言葉がヘンなだけ。高度成長期に建った団地のやや濃厚すぎる隣近所の視線を描くこの作品では異物のような存在だが、重要な役だ。
「星新一のSF小説のように、日常がひっくり返るような世界観を提示したいと思った」と阪本。ここにも日常の裂け目に現れる宇宙人という視点がある。
三島のSFが原作
吉田大八監督「美しい星」(公開中)は、平凡な4人家族が宇宙人であったことに目覚める物語。三島由紀夫が62年に書いた原作の設定を現代に置き換えた。
お天気キャスター(リリー・フランキー)は自分が火星人であったことに目覚め、地球温暖化の危機をテレビで訴え始める。金星人の娘、水星人の息子も地球を救うため、理不尽な世界と対決する。
この宇宙人たちは侵略者ではないが、強い不安に駆られ、地球の危機を声高に訴える。三島は核戦争、吉田は温暖化への不安を背景にしたが、どちらものっぺりとした現実を撃つ。「豊かだが嘘くさい世界をひっくり返したい。三島は常に現実を疑っていた」と吉田。
かつて宇宙人が盛んに登場したのは東西冷戦下の50年代の米国映画。「遊星よりの物体X」(51年)、「宇宙戦争」(53年)は宇宙からの侵略者を描きながら、冷戦の影が色濃く現れていた。「ボディ・スナッチャー/恐怖の街」(56年)は街の住民が容姿はそのままに次々と宇宙人に入れ替わっていく恐怖を描いた。
邦画の例は少なく「『吸血鬼ゴケミドロ』(68年)くらいか」と黒沢。3作品の意図はそれぞれ違うが面白い偶然だ。「このジャンルはいやでも社会状況が反映される」と黒沢は語った。
(編集委員 古賀重樹)
[日本経済新聞夕刊2017年6月27日付]
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