高知・四万十流、カツオの塩タタキ 薬味もどっさり
高知のカツオのタタキは塩で食う。その中でも四万十市の「塩タタキ」は独特だ。赤い切り身にたっぷりの粗塩を振り、隠れるほどの薬味をどっさり。新鮮な身がねっとり舌に絡み、南国のかんきつが臭みを消す。清流四万十と太平洋の黒潮に育まれた、港町ならではの味だ。
「タタキは日戻りのビリビリに限るね」。四万十川の河口に近い商店街(旧中村市)にある居酒屋、なかひら。調理歴50年の店主、中平富士夫さん(64)に話を向けると、すかさず返事が戻って来た。
えっ、ビリビリって?
しびれるような響きに違和感を持ったが、聞き直すとピチピチとした鮮度の良さを表すこの地の方言だとわかった。「ビリは四万十に来ないと食えないね」と、中平さんはにやり。
ビリを求めて車で30分ほどの土佐佐賀港(黒潮町)へ向かった。漁港ではちょうど、中型船が水揚げの最中だった。カツオはその場で氷詰めされ、次々とトラックで運び出されていく。
「午後になると『日戻り』が入ります」と漁協の浜町一平さん(25)。暗いうちに沖に出た一本釣りの小型船が、当日午後3時頃から始まるセリを目指し全速力で帰ってくる。それが「日戻り」。中でも死後硬直が始まる前のカツオだけを「ビリ」と呼ぶ。「身が柔らかく何十本に1本しかない貴重品」(浜町さん)
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セリが終わるとスピード勝負だ。仲買人が車を飛ばし午後5時には四万十市内の飲食店へ。受け取った中平さんは「ビリが入ったよ」とカウンターの常連に声を掛ける。「本当のビリは夜8時ぐらいまで。しかも、身を切ってから30分以内でないと味が落ちる」から食べる方も忙しい。
昼まで海を泳いでいたカツオの身は透明で鮮やか。塩が柔らかい脂の甘さを引き立て、タレと薬味がさっぱり流す。この鮮度は港町でなければ味わえない。
カツオのタタキといえば、表面を火であぶった切り身にネギやにんにく、しょうがを添え、ポン酢で食べるのが一般的だろう。本場の高知県内では、ポン酢の代わりに粗塩を振る「塩タタキ」が十数年前から人気を集めている。ところが四万十流は、同じ高知の塩タタキでも見た目も作り方も別物。しかも、こちらが元祖だという。
「明治以前からの浜の漁師料理だったようです」。市内で初めてメニューに載せたという居酒屋、厨房わかまつの明神三幸さん(68)は、明治生まれの祖母から家庭の味を引き継いだ。
あぶったカツオを分厚く切り、身を平らに並べる。上から塩をたっぷり振り、手のひらで何度もペタペタ。小口のネギ、タマネギ、ニンニクや、好みで大葉やミョウガを山盛りのせ、自家製のタレを回しかける。最後にもう一度、丁寧にたたいて味をなじませる。
「塩を振り手でたたくから塩タタキだと、祖母に教えられました」と説明する明神さん。その手は海の男のように武骨で分厚い。
市内には塩タタキを出す店が約40ある。カツオや薬味はもちろん独特のタレも地産地消。辛口の地酒をベースに、地元のかんきつ類をぎゅっと搾る。夏はユズの仲間の「ぶしゅかん」、秋は「直七(なおしち)」、冬はユズと使い分け、隠し味にみりんやしょうゆを少々。微妙に調合を変えるので、店の数だけ個性がある。あぶった身を氷水で締めるか、温かいままで出すかも板前次第だ。
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四万十のタタキは「塩」にもこだわる。多くの店主が「甘さが違う」と絶賛するのが製塩が盛んな隣町、黒潮町の天日塩。
「四万十川が山の豊富なミネラルを運んでくるので、ここの海水は複雑な味が出せます」と、塩作り2代目の吉田拓丸さん(35)。ダイビングのインストラクターを辞め、海辺の製塩所で潮風と太陽だけに頼る天日塩を始めて9年になる。
手の感触で粒の粗さを確かめ、口の中での溶け具合まで微調整する。「『戻り』の時期には、脂に負けないようにマグネシウムを多くする」と作り分ける。
製塩所の向こうには黒潮の大海原が広がる。カツオの漁場は目の前だ。山の濃い緑が海に迫ってくる。その際を白装束の遍路道が縫うように通っている。
「塩タタキ」の知名度が上がったのは人気コミック「美味しんぼ」(小学館)に登場したのがきっかけだった。その後、切り身に粗塩を振っただけの料理が広がったが、「あれは全くの別物。塩タタキはこちらが元祖」との思いが四万十市では強い。中でも旧中村市では中村商工会議所が中心になり、市内の飲食店をまとめたマップを出したり、共通ののぼりを作ったりとPR活動を展開中。「塩タタキと言えば四万十・中村が定着するように活動に力を入れたい」(佐伯達雄専務理事)と意気込む。
(生活情報部 田辺省二)
[日本経済新聞夕刊2017年6月27日付]
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