秋田・モクズガニ カニみそ、味噌と絶妙なバランス
ワタリガニや紅ズワイガニなど多くのカニが捕れる秋田県で、内陸部から海沿いまで幅広く食べられてきたのが「川ガニ」ことモクズガニだ。春は産卵のために下りてきた河口近くで味噌汁の具とだしになり、秋になると川の中流域でカニみそが酒のつまみになる。今年も沿岸部で春を告げるお祭りが開かれ、川ガニの季節が始まった。
真っ赤にゆであがった甲羅がカゴに積み上がっている。5月14日に秋田県由利本荘市で開かれた「子吉川ガニまつり」では毎年モクズガニを具にした味噌汁の「ガニ汁」を食べられる。13回目の今年は地元漁師が約5千匹用意した。軍手をつけた子供たちがつかみ取りに歓声を上げる横で、大人たちが春の味覚を楽しむ。
真っ二つに割ってゆでられた「ガニ」に吸い付くと、甘いカニみその風味が鼻から抜ける。くさみはまったくない。「家の味噌汁より味が濃くておいしい」。初めて食べたという同市の小学3年生、佐藤音色さん(8)は両手を汚しながらカニの細い脚から身をかき出すのに夢中だった。
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モクズガニは体長5~8センチメートルほどで、淡水のカニで最大級だ。ハサミや脚に蓄えた毛が藻屑(もくず)に見えるのが名前の由来。北海道から九州まで日本中の川や沼に生息する。中華料理の上海ガニの近縁種で、各地で川ガニやツガニなどと呼ばれ食用にされてきた。
秋田県水産漁港課の水谷寿さん(54)によると、秋から春にかけて海に下りて交尾・産卵し、ふ化した子ガニは夏以降、川を遡りながら成長する。漁期は主に春と秋。「昔より漁獲量は減った。県も10年前に養殖に挑んだがコストが見合わず断念した」という。
5月上旬、由利本荘市でガニ漁60年という加川勘次郎さん(77)の漁に同行した。市の中心を流れる子吉川で小舟に乗り、5分ほどで前日にワナをしかけた河口域に着く。ワナは白身魚などの餌を入れた網のカゴで、カニが中に入ると出られない仕組みだ。
海中から引き揚げると、中から数十匹のモクズガニが現れた。この日は20キログラムの大漁。加川さんは「捕れる量は昔と変わらないけど最近は昔ほど食べなくなった」という。漁師は今は十数人。「このままゆでるか、生きたまま甲羅を割ってカニみそを味噌にまぜるとうまいよ」と加川さんが教えてくれた。
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そのカニみそ甲羅焼きが評判なのが、秋田県大仙市の温泉旅館、強首(こわくび)温泉樅峰苑(しょうほうえん)(秋田県大仙市)だ。国の登録有形文化財に指定された、築100年の豪農屋敷に泊まれる人気の宿だが、メインは川ガニ料理。裏を流れる雄物川で捕れる。
川ガニの空揚げやあんかけ、つみれ汁など「川ガニプラン」はモクズガニづくし。「カニ料理を目当てに九州から来てくれるお客様もいる」と社長の小山田明さん(59)。地元産の豆をつなぎにしたつみれ汁はカニの風味がだし汁にぴったり。妻で料理長の裕美さん(57)は「つみれ汁もカニみそもこのあたりならではの食べ方。1日に100匹分のみそをかき出すこともある」と笑う。1年を通じて提供しているが、旬は脂ののった秋だという。
カニみその甲羅焼きは混じり気のない上品な味で、白いご飯にのせても絶妙だが、とりわけお酒に合いそうだ。少し残ったみそを殻ごと熱かんに入れる「カニ酒」も地元で昔から飲まれてきたという。カニみそとお酒の相性を確かめようと、秋田市の居酒屋、酒讃家(しゅさんか)を訪ねた。
こちらの甲羅詰め焼きはカニみそと味噌だけを2時間ほどとろ火で混ぜ、最後にあぶって香ばしさを出すという手間のかかった濃厚な味わいだ。老舗の安藤醸造(秋田県仙北市)製の味噌がカニみそに負けず、味の絶妙なバランスを引き出す。酒讃家店主の藤木聡さん(44)は内陸部の同市出身で、「子供のころから雄物川にカゴをしかけて捕っていた」という。
カニみそをピザソースに使った「MMP」(モクズガニみそピザ)という独自メニューも。くせのないカニみそが洋風料理に合うのは意外な発見だ。「川ガニはもっと素材として活用すれば秋田の味として売り出せる力がある」。藤木さんの言葉に説得力を感じたのは、ガニのあてで酒が進んだせいだけではなかった。
由利本荘市のガニまつりに2012年から4年間、東日本大震災でモクズガニ漁ができなくなった福島県南相馬市の関係者が参加していた。生きたまま殻ごと潰してこす南相馬の郷土料理「ガニマキ汁」の実演を見た由利本荘市側が、同じ方法で「ガニみそ汁」の缶詰を製造。16年から売り出し、市のふるさと納税返礼品に加えた。製造元、ペンション鳥海(同市)の三浦励社長(69)は「交流はカニを通じて続いている」と話す。現在も漁ができない南相馬に由利本荘・子吉川産のモクズガニを送っている。
(秋田支局長 山田薫)
[日本経済新聞夕刊2017年5月30日付]
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